最終更新:2013年8月5日
タイトルは『数学文章作法』だが,そこまで数学に特化した本ではない。むしろ,木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書)の現代版といった趣である。理系の文書をどうやって構成するかということを主題として書かれ,繰り返し述べられるように,本書のもっとも大切なメッセージは「読者のことを考えて書こう」ということで,そこに話が収束するように構成されている。
章立ては,第1章「読者」,第2章「基本」,第3章「順序と階層」,第4章「数式と命題」,第5章「例」,第6章「問いと答え」,第7章「目次と索引」,第8章「たったひとつの伝えたいこと」となっている。この章立てにもセンスを感じた。主題を体現するように,本書の文章は実に明快に書かれているので,長い本でもないし,学生に一読を勧めたい。中高生が数学の問題に答えるときに,どうして表現が大事なのかという点への導入としては,本書の著者によるシリーズ小説『数学ガール』の姉妹編として最近発表されたばかりの『数学ガールの秘密ノート 式とグラフ』(ソフトバンククリエイティブ)ISBN:978-4-7973-7414-8(Amazon | bk1 | e-hon)をお薦めしたい。というか,これは高校生の娘に読ませようと思っている。
本書と似た主旨で書かれた本としては,酒井聡樹『100ページの文章術 わかりやすい文章の書き方のすべてがここに』共立出版,ISBN:978-4-320-00585-3(Amazon | bk1 | e-hon)もお薦めである。数式表現などに関わる部分は当然含まないが,文章の構成についての例示などは本書より日常的でわかりやすいかもしれない。
一方,主題を数学に特化すれば,他にもお薦めしたい本がある。数学とは論理の正確な表現方法であるという視点を極限まで推し進めた,きわめてユニークな本,新井紀子『数学は言葉』東京図書,ISBN:978-4-489-02053-7(Amazon | bk1 | e-hon)である。「はじめに」に書かれているように,エスペラント語に先立つこと数千年,究極の人工言語としての「数学語」という視点は,言われてみればその通りなのである。和文数訳と数文和訳ができないことが大学数学でのつまずきの大部分,という指摘はたぶん正しいのだが,そこをターゲットとした本は実はあんまりないので,実にありがたい本であった。この本は章立ても独特で,Chapter 1「定義とは何か」の次に,野崎昭弘さんのコラム「数学と言葉」が入り,Chapter 2「数学の文法」,Chapter 3「和文数訳」,Chapter 4「数文和訳」に続いて,Chapter 5は「かたちから言葉を見る」と題し,影浦峡さんにより,自然言語の構造についての概説が示されて一休み。そこから再び数学語の文法に深く入って,Chapter 6「証明とは何か」,Chapter 7「数学の作文」,Chapter 8「終章――ふたたび古代ギリシャへ」と展開する。たぶん,本格的に数学を使った文章を書くには,『数学文章作法 基礎編』に加えて,『応用編』が必要になる。結城さんは参考文献には挙げていないが,この『数学は言葉』は,『応用編』としてお薦めできる本だと思う。
【2013年8月5日】