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書評:榎木英介『医者ムラの真実』ディスカヴァー新書

最終更新:2013年12月16日

書誌情報

書評

かつて理学系の大学院生としてオーバードクター問題に取り組んでいた榎木さんが,神戸大学医学部医学科に学士編入して医師になり,新臨床研修制度の一期生として2年間の研修医生活を経て,病理専門医として近畿大学医学部講師として教育にも携わる中で感じた医師・医療にまつわる諸問題を率直に取り上げ,解決への糸口となるかもしれないアイディアや動きを挙げた本。語り口の軽妙さもあって読みやすいが,扱っている内容は重い。

法医学者が不足していることや剖検率が低いことは,海堂尊さんが『死因不明社会』や『ほんとうの診断学』でもさんざん書いていたし,『チームバチスタの栄光』では病理医が非常に重要な役割を果たしているので,世間へのパブリシティとしては無視できないと思う,これら海堂さんの活動への言及が少なすぎる気がした。

基礎医学研究者が絶滅寸前であることを嘆き,少ない人数で重労働に苦しんでいる医療者の制度的な問題点を指摘し,全医連やユニオンなどの新しい動きを紹介しているのは榎木さんならではと思うが,1つ大きな視点が欠けているのが残念だった。つまり,公衆衛生学への言及がほぼ皆無なのだ(たった1箇所,p.38に「保健所などに勤める公衆衛生学を行う医師もいる」とあるだけ)。

医学/医療政策や医療制度をマネージメントするために必要なのは,臨床医学でも基礎医学でもなく,医療以外の社会システムとのバランスや整合性を考慮しつつも,集団としての人々の健康状態を良くするために必要な環境整備を行うことで,これは公衆衛生学の専門知識(講義資料をご覧いただくとご理解いただけると思う)だから,制度改革を望むならば,公衆衛生学への言及がないのは筋が通らない。厚生労働省でこれらの仕事に従事しているのは,行政官の他は医系技官で,採用条件として医師または歯科医師でなければならないことになっている。医師法と歯科医師法で,これら2師が「公衆衛生を掌る」ことになっているためと思う(なぜか? ということは公式には書かれていないので推測だが)。

しかし,医学科の教育において,公衆衛生学はマイナー科目扱いされていて(医師国家試験ではそれなりに高い配点があるのだが,地域診断の能力や前述したようなところまで5択の試験で問えるわけがなく,表層的な知識の確認に留まっている),全国の医学部で衛生・公衆衛生学は縮小される一方だ。群馬大学には衛生学教室が無くなったが,神戸大学では公衆衛生学教室が存在しない(科目としては疫学の西尾先生が教えているのだと思うが)。

榎木さんも書いているように,臨床でも基礎でも「個人」を対象にした膨大な知識を学ばねばならないのに,集団を対象にした公衆衛生学も深く学ぶことにはカリキュラム上も無理があるし,教育システム上も切り捨てられつつある気がする。米国ではMedical SchoolとSchool of Public Healthは別々の大学院だし(もちろん,両方取得する人もいるが),いっそ日本でも公衆衛生学を医学から手放して,厚労省医系技官の採用条件をMPHまたはDPH取得者ということにしてしまったらいいと思う。一足飛びには無理でも,採用の半数くらいそうしたらいいのではないだろうか。

【2013年12月16日】


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