更新:2020年1月28日
ヨーロッパの出生と子育て支援の現状についてコンパクトにまとまっている本である。フランス,ドイツ,イギリスについて,社会福祉の政策や制度を説明し,それらと出生率との関係を推論している点は示唆に富んでいた。参考資料にわりと丁寧に文献やウェブサイトが挙げられていたのも良かった。
全体としては人口学の用語や概念をかなり正しく使っていて,人口学者でない方が書いた本としては希有といえる。とくにコホート合計出生率(本書はコーホート合計特殊出生率と書いている。「コホート/コーホート」の違いは単なる表記慣習の違いで,「特殊」をつけるかどうかは,厚労省が採用しているように,かつて女性人口を分母とするfertility rateを,総人口を分母とするbirth rateと区別して特殊出生率とした訳語[本書p.90には英語でもfertility rateとbirth rateが微妙に区別されていないことがあると書かれているが,人口学の専門用語としては区別は明確である]を踏襲しているか,1994年に国際人口学会編の人口学用語辞典を日本人口学会が訳したとき,年齢別のbirth rateを合計した指標は計算しないから,もう合計出生率で良いとした訳語に従っているかの違いであり,どちらもありうる。なお,講義資料に書いたように,英語ではCohort Fertility Rateということも多いが,日本語では,期間合計出生率であるTFRと合わせて「合計」をつけるのが普通である)の意味と傾向を丁寧に紹介しているのは好感がもてた。
ところどころ,人口学的な瑕疵が目に付く点はあった。
例えば,図表2-1の凡例に「15~24歳合計特殊出生率」などとあるのは,15~24歳年齢別出生率の和,と書かないと誤解を生む。他にも,図表1-5,1-6のように,横軸にTFR,縦軸に幸福度をとって各国の値をプロットし,回帰直線を引いたグラフの中に,あたかも点が幸福度,回帰直線がTFRであるかのようなキャプションを入れて意味がわからなくなっているように,若干のミスがある。
また,再生産期間を過ぎた後に既往出生児数を聞き取って平均した平均完結パリティとは,死亡や移動があるため,コホート合計出生率は異なるので,図表2-8は,コホート合計出生率の説明としては不正確である。日本のように再生産年齢の女性の死亡や移動が割合としては無視できるくらい小さければ,両者にあまり差はでないが,途上国では随分異なる。移民が多ければ西欧でも差があるかもしれない。
用語の整理のために,2002年の『人口大事典』か2018年の『人口学事典』を使っていただけると良かったかもしれない。人口学の方法論の適当な教科書がきわめて少ないという現状にも問題があるので,『Rで学ぶ人口分析(仮)』を早く出さないと。