最終更新: May 11, 2006 (THU) 15:09 (発行日のメモより修正・加筆)
ぼくはサッカーって遊びくらいでしかやったことはないし,2002年のワールドカップも去年の予選もあまり真剣に見たほうじゃなくて(来月のドイツワールドカップは時間があれば見るだろうけれども,録画してまで見ようとは思わない,くらいの気持ちしかサッカーにはもっていなかった),どっちかっていうと今年のWorld Baseball Classic (WBC)に燃えたクチなんだが,それでもなお,この物語に出てくる少年たちのサッカーっていいなあ,と思った。こういうサッカーなら見たいと思う。とくに,桃山プレデター対川原国際ヘヴンリーの試合は,想像するだけでも面白そうだ。その影響か,読みおえて,ちょっとドイツワールドカップも見たくなった。ジダン(本書のゼットンのモデル,だよね?)のプレーも今度のワールドカップが最後になるらしいし。
こういう物語が書けてしまうのは,サッカーというスポーツの特性によるのだと思う。チームで一番下手な玲華でさえ,居場所と自分の生かし方を見出せてしまうのはサッカーゆえだろう(もちろん,コーチの方針も大きいわけだが)。こぼれ球を拾えば誰でもゴールを決められる可能性があるという意味では,サッカーの方が野球より優れている。野球はバッテリーでほぼ決まってしまうし,下手すぎると声だしとかバットボーイとかコーチャーくらいしか居場所がないし,実力差をひっくり返して勝つとか僅差といったことがほとんどない。そのため,優れた野球小説は,ピッチャーかキャッチャーに焦点を当てたものがほとんどであるように思う(『バッテリー』とか『サウスポー・キラー』とか)。一方,川端が自身のブログでも何度か書いているし,本書中にも出てくるように,サッカーは実力差を縮小するようにできているので,この物語もあながち荒唐無稽ではないと思わせる。少年のチームが世界一のプロチームと対戦して互角に戦ってしまうなんて(もちろん変則ルールだが),野球では,漫画でさえ考えられない。
もう一つ,サッカーにはいろいろなバリエーションがあって,それぞれ面白そうだな,というのも本書から気付かされたことだ。通常の11人のもの,本当にあるのかどうか知らないが8人制の未来カップ,5人でやるフットサル,ボールに鈴が入っている視覚障碍者サッカー,ビーチサッカー,4対4のミニサッカーなどなど。ルールも基本が単純なので,その場で付則をつけても簡単に実行できる(ように思われる)。4対4とかは,子供とやっても面白いだろうと思われた。ぼくの息子は小学校で3年間,少年野球をやってきたのだが(卒業前の3月頃は,もう1年少年野球をやりたいから留年したいなんて真顔で言っていた),中学に野球部がないのでどの部活に入るか悩んでいる彼にこの本を読ませたら,サッカー部に入りたいなんて言い出すんじゃないかという気がする。試してみようかな。
それにしても,レアル・マドリードをモデルにしたと思しきチームと選手だけが最初から仮名なので,最後は主人公たちの(ただし実は,ライトニングライトの花島コーチ,その彼女みたいな位置づけで登場するがだんだんと役回りが変わってくる杏子,技術は無いが声出しがうまい翼,数学と体育の天才三つ子,爆発的なスタートダッシュ力のエリカ,8人制の大会に参加するときに川原国際ヘヴンリーから移籍してくる天才フォワードの青砥ゴンザレス琢馬,といった主要登場人物の誰が主人公とも言い難い群像劇になっているのだが)少年サッカーチーム「桃山プレデター」がそこと対戦するんだろうなあとは思ったが,こういう展開でもっていくとは驚いた。これって何かに似ているなあと思ったら,あれだ,少林サッカーだな。元エースストライカーだったが落ちぶれているコーチと,物凄い才能をもった選手たちが,雑草的な立場から這い上がって頂点をつかむという点が似ている。あっちは少年じゃないし,あまりにも無茶苦茶な必殺技が炸裂するわけだが,素人からすると,こっちに書かれているプレーも神業に思える。実際,それに近いことをやってしまう選手たちがいるというのがサッカーなわけだが。
あと,印象的だったのは,三つ子の父親の数学者が(あるいはその学生が?)作ったというサッカー用のマルチエージェントシミュレーションソフト。あったらとても面白いと思うが,実際にコーディングしたりパラメータを決めるのは難しいだろう。ヒトは質点じゃないし。ヒトのモデルができないとできないよな。川端がblogで紹介してくれたロボカップサッカーのシミュレーションリーグがモチーフにあるとしても,エージェントの思考ルーチンの精度(身体性をどの程度考慮しているかも含めて)が絶対的に足りないんじゃいないかと思う。実際のところ,どの程度のコーディングができているんだろう? なんて考えるのも楽しい。
以下は余談である。ぼくの初読時のメモは,
というわけで,とても面白い話だったわけだが,ワールドカップ前に売り出したかったために出版社が焦ったのか,2,3の誤植があった。重刷のときには訂正してほしいものである。
で終えて,この書評をまとめるときに具体的に書いておこうと思っていたのだが,実は初読時にメモを取っていなかったため,なかなか再発見できなくて苦労した。漸く1つだけ確認できたのが,p.177の8行目,「桃山プレデター」であるべきところが,「桃山プレダー」となっているところであった。他にも2つくらいあったと思うのだが,どうしても確認できなかった(3回も読み直したのに! まあ,読み直すたびに別の見方があることに気付かされ,かつ何度読んでもワクワクしたのでいいのだが)。だから誤解のないように書いておくと,ここでわざわざ「2,3の誤植」に触れたのは,他の川端作品が非常に誤植やタイポや誤変換が少ないからだ(ほぼ全部読んでいるのだが,いままで気付いたのは,デビュー作『夏のロケット』の「電機分解」くらいだ)。通常,本を書けば誤変換の1つや2つはあるものだが,川端が相当丁寧に著者校正をしているのか,出版社が頑張っているのかわからないが,ともかく,川端の本にはそういうミスがまずないのである。だから,他の著者だったら,この程度のミスで「出版社が焦ったのか」なんて考えないのだが,川端の本だからこその邪推であった。申し訳ない。
【以上,2006年5月11日記】