サイトトップ | 書評

書評:山本太郎『感染症と文明――共生への道』(岩波新書)

最終更新:2011年8月8日

書誌情報

書評

本書は,タイトルの通り感染症と文明について書かれた本であり,構想から約2年をかけて完成したそうだ。スコープとしては,ジャレド・ダイアモンドの名著『銃・病原菌・鉄』(もちろん本書でも言及されている)と若干かぶっているのだけれども,ターゲットは感染症の方にあるし,結論の方向性はかなり違う。

著者の山本太郎さんは,反原発活動をしていて仕事を干されてしまった俳優さんと同姓同名だが別人であり,熱帯医学と国際保健医療の専門家にして長崎大の熱帯医学研究所教授であり,医師でもある。本書は,そんな山本さんが,人類史における文明の盛衰に感染症が果たしてきた役割をいくつかのエピソードとともに鮮やかに描き出し,同時に,その裏側で進行した,人間化された生態系に対して感染症の病原体が適応してきた歴史をも考察することにより,人類は感染症を撲滅するのではなく,将来は共生するしかないというパースペクティブを提示したものである。つまり,ダイヤモンドは,なぜヨーロッパ人が世界征服できたのかという問題設定を行い,その中で感染症が果たしてきた役割を論じているわけだが,本書のスコープはその裏側や将来にも向いている点が異なる。ダイヤモンドのマクロな視点に比べると,臨床医としてのミクロな視点が含まれる点も特徴と思う。新書でもあり,ダイヤモンドに比べると記述は薄い部分が多いが,このようなスコープの違いを考えれば仕方ないところであろう。評者は,細かい点で異論はあるものの,基本的にはこのパースペクティブには賛成する。生態学的に寄生関係が種間競争の一つだと考えれば,安定平衡点としての共生に帰着するのが自然である。あまり数式は使わず,時として文学的といえるほどの表現をもって,この関係を描き出したのは素晴らしい仕事だと思う。

山本太郎さんはハイチ大地震の後や,東日本大震災後にも,被災地支援に入って,実際に医療支援活動をされている方だが,それだけでなく,理論疫学の研究も以前からされていて,2006年に同じ岩波新書から出した,『新型インフルエンザ 世界がふるえる日』ISBN 4-00-431035-0(Amazon | bk1)は,当時ブームのように何冊も出版された新型インフルエンザ本(注:当時は新型インフルエンザといえばH5N1の高病原性鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染するように変異することを想定していて,その3年後にブタ由来「新型」インフルエンザによるパンデミックが起こることは誰も想像していなかった)の中で一押しであった。基本再生産数のことも含めモデルにも触れられていたし,具体的な国際レベルの対策についての詳細かつまとまった記述は,国際保健の現場と政策の両方に通じた著者ならではのものであった(ただ,いくら当時既にフェーズ3だと言っても,プロローグとエピローグの対策があまりうまく行かなかった場合の近未来フィクションは,叙情的・扇情的すぎるような気がしたが)。2007年6月に発効した国際保健規則改正の話も,著者ならではのフォーカスの仕方であった。『新型インフルエンザ 世界がふるえる日』も併読すると,山本さんの熱い思いがよりストレートに感じられると思う。


以下,例によって書評の範囲を逸脱するが,ひっかかったところについてのメモ。細かすぎるかもしれないし,評者の誤解があるかもしれないけれども,とりあえず書いておく。間違いがあれば随時訂正する予定。

【2011年7月15日初稿;7月26日加筆1+27日加筆2;8月1日加筆3,4;8月8日加筆5】


リンクと引用について