最終更新: August 12, 2005 (FRI) 14:05 (書評掲示板より採録)
本書の主題は認識のしくみである。我々は,たとえば,「目の前に猫がいる」と認識できることや,自分の右手があるとわかることが当たり前のように思っている。本書において著者は,幻肢患者の研究から入ってこの素朴な常識に疑問を投げかけ,実に鮮やかな手口で,それが実は当たり前ではないのだということを論証してくれる。豊富な実例が提示されるだけでなく,錯視については自分で確かめながら読めるため,いちいち納得できる。猫を思い浮かべたときに脳の中で視覚機構が逆向きに動いている,つまり,視覚が事物を認識するときには,脳内のモデルを入力パタンに当てはめることも起こるというのは目からウロコだった(物欲とか,かなりいろいろなことがこれで説明できそうな気がする)。著者自身,ファラデーの「ロウソクの科学」のようなものを目指したといっているが,確かに「ロウソクの科学」ばりに,「科学の目」をもって常識を見直してみると,知らぬ間に世界が変わっているという体験をさせてくれる好著である。また,章題に見られるように遊び心にあふれており,教養があればあるほど深い楽しみ方ができる本でもある。その意味で万人にお勧めできる。
目次をあげておこう。
些末なコメントを少々。
第六章文頭の引用がJ.S.B.ホールデンの言葉となっているが,遺伝学者のホールデンならJ.B.S.と思う。第十二章で展開されるクオリアの局在と側頭葉てんかんについての話は,わりとありふれていて,本書の他の部分に比べるとややつっこみが甘いかも。