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書評:川端裕人「リスクテイカー」(文藝春秋)

最終更新: August 18, 2005 (THU) 15:36 (書評掲示板より移転)

書誌情報

書評

傑作青春小説「夏のロケット」に続く,川端裕人氏の小説第2弾である。小説の構造としては「夏のロケット」に似ていて,いい年をした大人が,夢のようなことをやってのけるという話である。その意味ではやはり青春小説ともいえるが,その夢がストレートでないので,前作にはなかった引っかかりを感じた。

本作の舞台は国際金融市場である。不況でNASAから放り出された理論物理学者で金融市場に数学を武器に入ってきた人たちを「ロケット・サイエンティスト」というそうだが,本作でもっとも活躍する天才数理モデル屋のヤンは,自分の理論が検証不可能であることを示すために必要な加速器を作る予算を却下されて金を欲しているという意味でロケットサイエンティストの末裔であり,それも,為替相場を常識を覆す精度で予測するモデルを作ってしまう,超一流である。ヤンと組んで金融市場を引っかき回すヘッジファンドを立ち上げるのは,コロンビア大学MBAコース出身のジェイミーとケンジであり,彼ら3人は,伝説的なファンドマネージャー,ルイスじいさんの出資を得て国際金融市場の台風の目となる。いい気になりすぎた彼らが巨額の損失を出してしまい,ルイスじいさんの傘下に入ると,実はルイスじいさんには大きな野望があるらしいことがわかり,不承不承ながらその夢に向かって突き進んでゆくうちに,3人が人間的にも成長し,その果てに見えたものは……,という展開はうまい。クライマックスに向かって緊張感を盛り上げつつ全ての伏線を拾いながら収束させる腕は見事だ。挟まれるアメリカ生活のエピソードも,著者自身のコロンビア大学への留学経験を生かしてか,嘘臭くない。さらに,オビの惹句にも「小説という形式をとった現代経済の教科書として推薦したい(高安秀樹氏)」とあるが,国際金融についてや,貨幣論についての現実の物語への絡ませ方がうまく,教養小説としてもうまくできている。織り込まれている価値観の多相性(登場人物の何人かが語る,生活価値を見直すべきだとかいったことを含めて)にも肯ける点が多く,一気に読んでしまった。読むだけで賢くなったような気がする作品ではある。

しかし,しかしである。あくまで個人的な感想をいえば,「夏のロケット」で感じられたカタルシスが,この作品からは得られなかったのだ。所詮は金,つまり人と人の関係に過ぎないと思うからかもしれないが(つまりぼくが理系的価値観をもっているからかもしれないが),夢が展開しそうな気分を感じさせてくれないからだろう。だから,面白いのだけれど,読後感が重いのである。もう一つ欠点をいうと,ジェイミーの造形としてロックミュージシャンにしたのは,作者の思い入れを表しているのだろうけれど,「夏のロケット」の氷川がどうしてもオーバーラップしてしまい,うまくない。またかという気になってしまうのである。ジェイミーにロックをさせる必然性は,物語構成の上からはないと思うので,別のタイプのアウトサイダーにした方が物語に深みが出たのではないだろうか?

【1999年11月5日記】


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