最終更新: October 7, 2005 (FRI) 13:07 (書評掲示板より採録)
タイトル通りの内容だが,情報の新しさといい,まとめ方のうまさといい,このテーマで書かれた本の中では,かなり優れた部類にはいる。
とくに,味覚と嗅覚の神経生化学的なメカニズムについて,ここまでわかりやすくまとめられた本は唯一といってよい。アクロスファイバーパターン説とラベルドライン説をわかりやすく説明した後で,セカンドメッセンジャーを介さない場合もあるという事例を出し,結局どうなんだろうと読者の頭を???で満たし,好奇心を喚起しておいて,現在の知見の「まとめ」をもってくるという展開は,説明手段として実にうまい。きっとこの著者は講義もうまいんだろうな,と思わせる。
時折根拠無しの文も出てくるが,基本的にはデータに基づいて書かれている点も好感がもてる。この辺は柏柳誠さんという助教授の努力の賜であろう。おそらく専門外と思われるフェロモン関係の話まで,今年の論文までよくおさえてあって感心した。HLAの型が違う相手を好む話(昔からよく言われているassortative matingの反対だが,雑種強制とか考えればこの方が適応的である)は今年の人類学会で発表されていたし,一緒に住む女性の月経周期が同調する話でも,昨年のCurrent AnthropologyにB. Strassmanが発表した段階より進んでいて,マクリントックが今年発表した実験結果まで紹介しているのには恐れ入った。
一方,味や香りに関連した面白いエピソードを知りたいという一般読者の好奇心にも答えてくれていると思う。グルタミン酸をとると頭がよくなるという説を発表したのが木々高太郎氏だったとか(また,経口摂取しても脳に行かないからこの説には根拠なし,ときちんと書いているのもよい),カメの嗅覚を交差順応法で測定してそれが意外に鋭いことを明らかにしたとか(光学異性体の違いまでわかってしまうらしい),ミラクルフルーツがなぜ酸っぱいものを甘く感じさせるのかとか,脂質二重膜による臭いセンサーが5種類のウイスキーの香りを判別したり味覚センサーがコーヒーの味を識別したりという話は,実に科学的好奇心をくすぐる。
最後の「おいしさと脳内機構」の章は蛇足であろう。コンパクトにまとまってはいるが,本来それだけで1冊の本になるような内容であり,そのまとめとしては記載に深みがない。どうせわかっていないことなのだから,もっと短くして8章の終わりの「まとめ」に組み込んだ方がよかったと思う。代わりに,9章をもっと詳しく書いて欲しかった。
この本にも誤植が一つ。p.97のK.ヴェデキンドは,C. Wedekindである。Medlineで検索してみるとよい。
【1998年9月19日記】
しまった。誤変換を発見した。
もちろん,上記「雑種強制」は「雑種強勢」の間違いである。
ついでに書いておくと,Medlineは米国立図書館のサイトでPubMedという名前で公開されていて,誰でもアクセスできる(と思う)。URLは,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/である。
【1998年9月20日記】