Last updated on October 7, 2002 (MON) 23:32
一般に寿命といえば,事故がなかった場合に,そのものが機能停止するまでの時間をさすように思う。何らかのメカニズムで老化が進行すると,やがて機能停止に至ると考えると,寿命を考えることは老化を考えることと表裏一体である。老化がなぜ起こるかということについては,体細胞廃棄説など諸説紛々であり,結論は出ていない(杉本・古市, 1998)。アロメトリーの成果によれば(たとえばCharnov, 1992; 本川, 1992),生まれてから死ぬまでに心臓がドクンと鼓動する回数や,呼吸する回数といったものは,哺乳動物にほぼ共通していることが知られており,代謝速度を基準に考えれば,寿命はどの哺乳動物でも一定と考えられることが指摘されている(もっとも,青空ML管理人の1人でもある帯広畜産大の後藤さんが指摘される通り,アロメトリーの解釈には注意が必要である)。テロメアの長さという点から考えると,体細胞の分裂回数で寿命が決まってくるとも考えられる。
いっぽう,人口学で寿命といえば,普通は平均寿命をさす。平均寿命とは,ゼロ歳平均余命を意味するテクニカルタームである。「平均」といっても死亡年齢の算術平均をとるわけではなく,同時に生まれたゼロ歳児が10万人いたとして,その人たちがある時点の年齢別死亡率に従って死んでいった場合に,平均何年生存するかという値である。計算には生命表を作ることが普通である。死因が何であるかには関係なく年齢別死亡率だけで計算されるため,戦争があったり大災害があったりすれば,平均寿命は短くなる。
生物の世界を見渡すと,ヒトは少数の子どもを産んで大事に育てる,いわゆるK戦略者である。K戦略をCharnov (1992) の生活史戦略の観点に立って見直すと,寿命が長くなるような戦略と考えることもできる。
先にもあげた体細胞廃棄説とは,何十億もの体細胞すべてのエラー修復を長い間続けることは非効率なため,生殖細胞だけのエラー修復をして,そこから再び個体発生をして次世代を構築することで全体としてのエラー蓄積を避けることができるわけであるが,その代償として廃棄すべき体細胞にはエラーがたまっていくのは避けがたく,それが老化なのだ,という説である。この説で考えると,K戦略は,生殖細胞よりも体細胞にエネルギーを振り分ける戦略と説明できる。必然的に寿命は長くなるはずである。
しかし,次世代の生産を終えた閉経後の生存が次世代の生存に寄与しないなら,閉経後の生存は淘汰を受けないことになり,遺伝的な影響はないことになる。したがって,同じように50歳で閉経するならば,寿命が60歳でも100歳でも子ども数とは関係しないわけで,閉経ぎりぎりまで体細胞がもつように振り分けをコントロールするのが最も適応的と思われる。しかし,現在の先進諸国では,どういうわけか閉経後もかなりの期間,生存するのが普通であり,日本を始めとして平均寿命が延びつづけている国がいくつもある。なぜ包括適応度に寄与しないはずの生存期間が延長しつつあるのかは大きな謎であり,いくつかの仮説が提唱されている。
ヒトの場合は子どもが再生産年齢に達するまでの養育コストが大きいので,孫や曾孫を育てるという形による閉経後の家系の生存への寄与は無視できない,ということに着目したユタ大学のホークスは,チンパンジーと再生産期間はそれほど変わらないのにヒトの再生産完了後の生存年数が長いのはおばあちゃんが忙しい娘の子育てを手伝うためである,という説を唱えている(Hawkes et al., 1998; Alvarez, 2000)。彼らの説を簡単に紹介すると,以下のようにまとめられる。
長い閉経後の生存期間は,他のどんな霊長類にすらない,ヒト独自の特徴である。このパタンは,母子間の食物の共有という,年をとった女性が娘の出生力を強め,それによって老化に対抗する淘汰圧を大きくする行為を進化させてきたかもしれない。哺乳類の生活史についてのCharnov (1992)の無次元の集成法則と組み合わせれば,この仮説は我々の成熟が遅いこと,離乳時の身体が小さいこと,そして(霊長類としては例外的といえるほど)高い出生力を説明する(下表を参照;αMがどの哺乳動物でも一定というのがCharnovの法則)。このことは,過去のヒトの生存環境選択と社会組織に対して,またヒトの進化における学習能力の拡大と父親による食料調達の重要性を示唆するものである。
種 | 成体期間(1) | 成熟年齢 | 離乳年齢 | α(2) | αM | 体重比(3) | 娘出産率(b) | αb |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
オランウータン | 17.9 | 14.3 | 6.0 | 8.3 | 0.46 | 0.28 | 0.063 | 0.52 |
ゴリラ | 13.9 | 9.3 | 3.0 | 6.3 | 0.45 | 0.21 | 0.126 | 0.79 |
チンパンジー | 17.9 | 13.0 | 4.8 | 8.2 | 0.46 | 0.27 | 0.087 | 0.70 |
ヒト | 32.9 | 17.3 | 2.8 | 14.5 | 0.44 | 0.21 | 0.142 | 2.05 |
(1) 1/M = 0.4*特性最高年齢 - 0.1。Mは平均成人死亡率; Charnov (1992)の図5.6より | ||||||||
(2) 離乳から成熟するまでの期間 | ||||||||
(3) 離乳時の体重の成人の体重に対する比 |
老化の原因としての体細胞廃棄説によれば,長寿に寄与する体細胞のエラーを厳重にすることは生殖細胞が利用可能なリソースを減らすので,代償として子ども数が減ることは想像に難くない。実際ショウジョウバエなどでは以前よりよく知られていた。
Westendorpら(1998)が,17世紀から19世紀のイギリス貴族の家系データにより,死亡年齢別の子ども数を集計したところ,60歳までは長生きするほど子ども数が多かったが,70歳,80歳と長生きになるほど子ども数が減っていた。このことはヒトでも体細胞のエラーを減らす傾向が強いほど(つまりDNA修復などの体細胞維持作用が強いほど),妊孕力が低いことを示唆する。これは,ヒトでも体細胞廃棄説が成り立っていることを間接的に支持する証拠である。
長生きする方がより蓄財できるとすれば,それが子どもの生存に有利に働くことによって結果的に包括適応度を上げるならば,長寿に寄与する遺伝子が自然淘汰によって残っていく可能性はある。もしそうならば,少子化社会は長寿の所産として必然なのかもしれない(仮定が多すぎてもっともらしくないが,無視はできない可能性と思う)。
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