2009年5月15日作成
テキスト『シンプル衛生公衆衛生学2009』第5章(pp.69-112)と第4章の一部(pp.54-55)
第5章に挙げられている個別の疾病予防の話をすべてカバーするには時間が足りないので,一部のみ。
スクリーニングは,疫学・生物統計学で扱ってもいいのだが,主として二次予防の視点から,ここでまとめておく。
小山教授の講義にあったと思うが,おさらい。
そこで,感染症や循環器系の疾患,糖尿病やがんなど,具体的な疾患ごとの予防についてみていくことにする。
疾病として感染症の最大の特徴は,患者自身がリスク因子にもなることである。つまり,患者から健康な人に(媒介動物を介する感染症もあるが)「うつる」。そのため,社会防衛の目的で,場合によっては患者を隔離するとか自由を制限する必要がでてくる。ただし,「新型インフルエンザに限らず、誰でも感染症にかかる可能性があるため、感染者に対する偏見や差別は厳に慎まなくてはならない」(出典:新型インフルエンザ対策ガイドライン[pdf],新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議,2009年2月17日)
感染症の流行を止めるには,感染環を断ち切る必要がある。より正確に言えば,感染環を維持する環境の充分要因群を崩す必要がある。
感染症は,寄生体が患者から健康な人に移動し,健康な人が新しい患者になって適応度が下がる過程である。寄生体そのものや,感染したときの病態については,既にかなり詳しく研究されてきているが,「移動する」部分の研究(以下,伝播過程と呼ぶ)は,それが「感染」の本質であるにもかかわらず,比較的遅れているのが現状である。この遅れは,寄生体そのものの研究が試験管や実験動物,病態の研究が患者を調べればよいのに対して,伝播過程は,寄生体,患者,健康な人,媒介生物(あるいは空気の温度,湿度などの物理的条件)を含んだ,「地域生態系」を対象にしなければ捉えることができないことが一因である(出典:大塚柳太郎,中澤 港 (1998) 地域生態系とヒト - マラリア伝播過程を中心に. 今日の感染症, 17(3): 6-9.)
なお,病原体各論については,少し古いが以前山口県立大学で講義をしていたときの資料公衆衛生学(9)生物学的環境要因の後半も参考になると思う。
ある集団,地域で特定の疾病の発生数が異常に多いとき流行という。長期間発生がなかった感染症,あるいは初めて発生した感染症の場合は,1例発生でも流行対策が必要である。
また,医療施設内での感染症発生を院内感染という。退院後に発症する場合も含む。入院患者だけでなく,医療スタッフが発症する場合も含む。多剤耐性菌への対処が問題。院内感染対策チーム(ICT)の役割が重要。
原則としては,感染源,感染経路,感受性宿主の3要因への対応。流行拡大阻止には,予防接種など一次予防と,早期発見・早期治療からなる二次予防が重要。流行初期の対策は,感染源の発見とその隔離,除去である。新型インフルエンザ対策の場合は流行拡大にともなって対策を段階的に変えていくことが決まっている(新型インフルエンザ対策行動計画,2009年2月17日)。この段階は「基本的に国における戦略の転換点を念頭に定めたものであり、各段階の移行については国が判断して公表する」が,第三段階の小分類の移行については国との協議の上で各都道府県が判断することとされている。
発生段階 状態 前段階(未発生期) 新型インフルエンザが発生していない状態 第一段階(海外発生期) 海外で新型インフルエンザが発生した状態 第二段階(国内発生早期) 国内で新型インフルエンザが発生した状態 第三段階 感染拡大期 国内で、患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった事例が生じた状態 各都道府県において、入院措置等による感染拡大防止効果が期待される状態 まん延期 各都道府県において、入院措置等による感染拡大防止効果が十分に得られなくなった状態 回復期 各都道府県において、ピークを越えたと判断できる状態 第四段階(小康期) 患者の発生が減少し、低い水準でとどまっている状態
スペイン風邪の経験から,感染は何度か周期的にピークをもった流行になると想定されており,一度の流行は6〜8週間継続するとされている。
また,新型インフルエンザ対策行動計画では,役割分担も以下のように規定されている。
- 1. 国
- 国は、新型インフルエンザの発生に備え、「新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議」の枠組みを通じ、政府一体となった取組を総合的に推進する。また、各省庁では、行動計画等を踏まえ、相互に連携を図りつつ、新型インフルエンザが発生した場合の所管行政分野における発生段階に応じた具体的な対応をあらかじめ決定しておく。
- 新型インフルエンザが発生した場合は、速やかに内閣総理大臣及び全ての国務大臣からなる「新型インフルエンザ対策本部」を設置し、政府一体となった対策を講ずるとともに、各省庁においてもそれぞれ対策本部等を開催し、対策を強力に推進する。
- また、新型インフルエンザ対策本部は、「新型インフルエンザ対策専門家諮問委員会(以下「諮問委員会」という。)」を設置し、医学・公衆衛生の専門的見地からの意見を聞いて対策を進める。
- 2. 都道府県
- 都道府県については、行動計画等を踏まえ、医療の確保等に関し、それぞれの地域の実情に応じた計画を作成するなど新型インフルエンザの発生に備えた準備を急ぐとともに、新型インフルエンザの発生時には、対策本部等を開催し、対策を強力に推進する。
- 3. 市区町村
- 市区町村については、住民に最も近い行政単位であり、地域の実情に応じた計画を作成するとともに、住民の生活支援、独居高齢者や障害者等社会的弱者への対策や医療対策を行う。
- 4. 社会機能の維持に関わる事業者
- 医療関係者、公共サービス提供者、食料品等の製造・販売事業者、報道機関等については、新型インフルエンザの発生時においても最低限の国民生活を維持する観点から、それぞれの社会的使命を果たすことができるよう、事業継続計画の策定や従業員への感染防止策の実施などの準備を積極的に行う。
- 5. 一般の事業者
- 一般の事業者については、新型インフルエンザの発生時には、感染拡大防止の観点から、不要不急の事業を縮小することが望まれる。特に不特定多数の者が集まる事業を行う者については、事業の自粛が求められる。
- 6. 国民
- 国民は、国や地方自治体による広報や報道に関心を持ち、新型インフルエンザ等に関する正しい知識を得て、食料品・生活必需品等の備蓄や外出自粛など感染拡大防止に努めることが求められる。また、患者等の人権を損なうことのないよう注意しなければならない。
この対策の前提としているのは,ウイルスが海外で発生し,ヒトの移動にともなって患者が国内に入ってくるということである。新型インフルエンザに限らず,2003年のSARSにしても,感染症に国境はなく,グローバル化の進展にともなってパンデミックの可能性が高まっていることは間違いないので,国際的な情報共有と協力が必要とされている。
公衆衛生的に少し注意しておいた方がいいと思うのは,どんな対策をとるにせよ,社会システムの維持ができなければ継続できないという点である。BSEのときの全頭検査といい,新型インフルエンザ対策での検疫強化による水際作戦,積極的疫学調査,発熱外来の整備といい,その疾患単独で考えたら流行防止,少なくとも流行拡大を遅らせることには効果があるであろうことがあればやってしまうのが日本という国であるが,対策コストはただではないのだし,現場で対策を担っている人たちにも生活があるわけで,無限に労働時間がとれるわけではなく,システムに過大な負荷がかかれば,かえって機能停止してしまう危険も否めない。地域医療を担っている病院の救急外来を休んで発熱外来にするという対応は正しいのだろうか?
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H10/H10HO114.htmlが基本(p.72,表5-3参照)。他に予防接種法,検疫法,学校保健法,食品衛生法なども関連。
1897年に制定された伝染病予防法が長らく感染症対策の中心的な役割を果たし,特別な感染症への個別対応の法律が定められているという状況が続いてきたが,1983年にトラホーム予防法,1994年に寄生虫予防法,1996年にらい予防法が廃止され,1996年には伝染病予防法が性病予防法,エイズ予防法と統合されて,感染症法が成立して,1999年から施行された。2007年からは結核予防法も統合された。
感染症法による対策の基本は以下の通りである。
届出については,感染症法の他,食品衛生法によって,食中毒はただちに最寄りの保健所に届け出ることとされているし,学校保健法に基いて3群に分けられた学校感染症(第1種は感染症法の1類と結核を除く2類,第2種は飛沫感染を主な感染経路とする感染症,第3種は主として糞口感染する感染症)についても,学校長に届け出なければならないと定められている。
検疫法により,11疾患(感染症法1類7疾患+マラリア,デング熱,鳥インフルエンザ,新型インフルエンザ等感染症)が検疫感染症として指定されている。空港や港での検疫により,国内に常在しない病原体が国外から持ち込まれることを水際で防ぐこととされている。患者またはキャリアが見つかった場合は,入国停止,隔離,停留,消毒などの措置が取られる。しかし潜伏期間中の入国は防げないので,入国後の対人監視が必要とされる。
しかし例えば米国やカナダからの入国者全員を10日間停留させておくことができるだろうか? ということをlogisticsの面からも考えておく必要がある。
非特異的防御,予防接種による特異的防御,抗マラリア薬予防内服による特異的防御,衛生教育・健康教育の普及などがあるが,詳細は省略する。
急性・慢性リウマチ熱,高血圧性疾患,虚血性心疾患等の心疾患,脳血管疾患,その他の5群を占める。いまでは死因別死亡率2位の心疾患,3位の脳血管疾患を合わせても1位の悪性新生物の死亡より少ないが,1980年までは脳血管疾患が我が国の死因別死亡率の1位であった。
予防は,塩分摂取を控えること,減量,運動など,だいたい共通している。メタボリックシンドローム(それ自体は循環器系疾患ではないが,循環器系疾患のリスクファクターである)を早期発見するための特定健診,早期治療として特定保健指導が計画された。
治療はライフスタイルの改善が第一とされているが,個人だけの責任に帰するのではなく,健康的なライフスタイルをとりやすい社会環境の整備が必要であるという視点を忘れてはならない(予防も同様)。
省略するが,テキストpp.100-111を参照されたい。
がんの予防は小山教授の講義にあったので省略。p.101の部位別推移は「疾病統計」でたぶん来週。要点は以下。
アレルギー疾患はアトピー性皮膚炎,気管支喘息,花粉症など,増え続けている。抗原対策しかない。
不慮の事故と自殺については,不慮の事故は横ばいで,窒息,交通事故,転倒・転落,溺死及び溺水の順に多い。自殺はかなり多い。2006年に自殺対策基本法が成立し,個人の問題でなく社会問題として捉えるべきとされた。
クロス集計表を使うと以下の通り。
陽性 | 陰性 | |
---|---|---|
疾病 | a | b |
正常 | c | d |
信頼性は,検査再検査信頼性(test-retest reliability),施設間差(inter-institute difference)が小さいこと,測定者間差(inter-rater difference)が小さいことなど
test-retest reliabilityは,同じ対象者に同じ検査をしたときに結果が一致すること。κ係数=実際の一致率と偶然の一致率の差を,1と偶然の一致率の差で割った値。完全一致のとき1,偶然の一致と同じとき0,それ以下で負