Latest update on 2012年4月9日 (月).
環境という言葉の意味を考えると,「ある境のまわりにあるもの」ということになるだろう。では,何と何の境なのか,と考えていくと,「まわり」でない主体を考えないと意味をなさないことがわかる。
まず主体として生物を考えよう。生物(organism)にとっての環境(environment)とは,それ自身を取り巻くすべてのものをいう。環境には生物的環境(他の生物)と非生物的環境(温度,降水量,土壌中化学成分など物理化学的条件)がある。非生物的環境のことを物理化学的環境ともいう。生物は環境から資源を取り出し利用することで生命活動を行う。逆に見れば生物が生命活動を行うことで環境を改変する。中でもヒトは,その環境改変能力が大きいことが特異的である。
ヒト以外の生物は,物理化学的環境条件によって居住可能な場所がだいたい規定されてしまうが,ヒトは周囲に自らの生存に適した環境を一時的に作り出したり,外部環境を大規模に改変したりすることで,本来の物理化学的環境条件が生存に適していない居住場所(後述)にまで,その生息域を広げてきた。
もっとも,ヒトを宿主とする寄生生物や,人為的環境を生息環境とする生物は,ヒトの生息域の広がりと同時に自身の生息域も広げてきたわけだから,生物的環境と物理化学的環境は独立ではない。
環境から人間への働きかけを環境作用,人間から環境への働きかけを環境形成作用と呼ぶ。これらを1つのシステムとしてみるとき,主体=環境系(host-environmental system)と呼ぶ。
人間の環境を生活の場(habitat),生活の資源(resource),環境要因(environmental factor)の3つに分けてそれぞれを捉えるという把握は鈴木庄亮が提示したものであり,他にも把握の方法はある。人類生態学は人間と環境の相互作用をシステムとして捉える学問であるが,例えば鈴木継美「人類生態学の方法」(東京大学出版会)では,言語,技術,社会組織を通じての人間と環境の相互作用というフレームが示されている。つまり,テキストに生活の場の例として挙げられている家庭,学校,職場,公共諸施設,輸送機関,といったものは,環境そのものではなく,環境と人間をつなぐ技術や社会組織という捉え方をすることも可能である。
人間が環境を変化させるのに伴って,当然,環境から人間への働きかけも変わってくるので,病気や健康の質も変化する。そのようにして,人間が居住する地域生態系は,人間の活動が本質的な役割を果たすものになっていく。その意味で,人間化された生態系と呼ばれる。
生物圏(biosphere)は,地圏(geosphere),水圏(hydrosphere),気圏(atmosphere)の接点に存在する。ほとんどの生物は,土壌,大気,水のすべてを必要とするからである。
生態学(ecology)は「生物の分布と豊富さを決める相互作用の研究」(Krebs,1972)であるが,個体,個体群(同種の生物の集まり),群集(複数の個体群からなる)という3つの水準で扱うのが普通である(Begon/Harper/Townsend,1990)。
人間を含む生態系の中で健康影響を捉える場合,自然界の個体,個体群,群集だけでなく,人工の環境や,人間の影響を受けた環境や,人間の自然への影響(環境汚染や地球温暖化など)も扱わねばならない。生態系内の物質循環(material cycle)とエネルギーフロー(energy flow)を把握することが重要だが,環境保健の中ではとくに生態毒性学(ecotoxicology)と呼ばれる分野の研究が盛んに行われてきた(例えば,水俣病発生地域内で,いろいろな生物体内の水銀濃度を調べて,どのような経路で水銀が生物から生物へ移行してヒトや猫に神経症状を起こさせたのかということや,五大湖周辺でDDTについていろいろな生物体内での濃度を調べたものなど)。もちろん,毒物ばかりでなく,窒素循環や炭素循環など,どの生物にも存在するような元素の循環を調べる研究もある(かつてはCNコーダーという機械がよく使われていたが,現在では安定同位体組成の分析をするために質量分析計も使われる)。
世界のさまざまな物理化学的環境(地形,地質,気温,湿度,降水量など)に応じて,その環境に適した生物種が存在すること。裏を返せば,ほとんどの種は,多くの時代に大抵の場所にはいないということ。
世界は,時間的・空間的な生物群集のパッチワーク。
ダーウィンは,ガラパゴス諸島のフィンチの嘴の多様性を見て,さまざまな島の環境に広がるため適応進化したと考えた。その意味で「適応放散」という。
ヒト以外の生物は,さまざまな物理化学的環境に居住するには,以下のように,そこに適した遺伝子の頻度が上がって,適応した種が分化していくのが普通。
ヒトも遺伝子頻度が変化しないわけではない(例えば,マラリア流行地ではsickle cell anemia遺伝子やサラセミア遺伝子の頻度が高くなる)が,他の生物に比べると,遺伝的な変異によって環境適応する程度は少ない
長い歴史の中で,さまざまな物理化学的環境とそれに適応進化した生物群集は,特徴的な景観を形成してきた。
生物地理学者が認識していた地球上のいくつかの植物相と動物相の塊(温帯照葉樹林,砂漠,ツンドラなど)をバイオームという。海のバイオームと淡水のバイオームなどという分類もある。
ヒトは非常に極端なバイオーム(「しんかい6500」,南極の昭和基地)や,本来バイオームが存在しなかった環境(「きぼう」)でも生存できる。
群集間の収斂と群集内の多様性種内の種分化:エコタイプ(生態型),遺伝的多型。ヒトは多様な外部環境に居住しながら,遺伝的変化よりも,衣服や住居などのシェルターを作ることによって,外部環境に適応した。
変化する環境(周期的,方向性,無法則)への適応は,ヒトのやり方の方が柔軟。
人間にとっての環境ということを掘り下げていくと,主体としての人間に認識される環境ということを考えなくてはいけないことに気付く。人間が外界をどのように認識するのかということは認知心理学や生態学的視覚論という分野で研究されている。リスクコミュニケーションという文脈で論議されているように,認識されるかどうかという問題は重要である。
環境には認識しやすい環境(目に視えるもの,音,臭い,味,触われるもの,痛み,位置,運動,加速度,相対的な温度のような,対応する感覚受容器がある外部環境)と認識しにくい環境(動脈血の酸素分圧のような体内の環境や,紫外線のような感覚受容器がない外部環境)がある。認識しにくい環境でも機械を使って調べれば数値や形として認識することは可能。
外部環境が変化したとき,何もしなければ内部環境もそれに引きずられて変化するはずだが,感覚受容器が外部環境の変化を検知すると,ネガティブ・フィードバックが起こって,内部環境は元の状態に保たれる(そのとき余った物質やエネルギーは再び外部環境へ放出される)。内部環境が比較的一定の状態に保たれることを,恒常性の維持(homeostasis)という。恒常性が維持できているか,あるいは変化して別の状態としての恒常性が確立するならば,生物はその外部環境に適応できているといえる。しかし,外部環境の変化が大きすぎるか速過ぎて内部環境の恒常性が崩れると,一般に生物は深刻なダメージを受け,ひどいときには死に至る。
外部環境→内部環境→外部環境という物質の流れを分解してみると,曝露,吸収,分布,代謝(主に肝臓),排泄という過程を辿る。それぞれの移行確率は100%ではない。偶然のばらつきもあるし,物質によっても違うし,臓器によっても違うし,個人差もある。個人差は,遺伝素因もあれば,生活史上の環境要因から受けた影響の蓄積もあれば,認識される外部環境に対してとる行動の違いもある。
既に述べたように,人間は,生存のため,自らの回りに人間化された生活環境を作り出してきた。しかし,何かを作り出すことが,意図しなかったような別のはたらきをすることは避けられない(これを生態系における間接効果の非決定性と呼ぶ)。人口が増加するのと同時に技術や文明が発展し,それによって人間化された生活環境が加速度的に拡大するにつれて,意図しなかった別のはたらきが積み重なって,人間の生活に無視できないほどの悪影響を及ぼす問題が起こってきた。これが環境問題の本質である。