山口県立大学 | 看護学部 | 中澤 港 | 疫学
疫学第3回:疫学研究のデザイン
テキスト第5章,第6章に該当する範囲。
講義時に使ったプレゼンテーションは,OpenOffice.org Impress形式(38.8 KB),Microsoft Powerpoint 97/2000形式(67.0 KB),またはAdobe Acrobat Reader形式(200.7 KB)で参照可能です。
観察的疫学研究(observational study)と介入研究(intervention study)の違い
決定的に違うのは,研究者自身が集団に対して意図的に介入し,能動的に割付を行うか否かという点。
疫学研究においては,アプローチの違いというよりも,段階の違いと考えるべき。
観察的疫学研究のいろいろ
- 記述疫学(descriptive epidemiology)
- ●疾病の頻度と分布の記載により,疫学的特性を明らかにし,発生原因に関する仮説構築の助けにする(*)。疫学研究の第一段階。
- * ただし,記述疫学自身には因果関係あるいは他の仮説検証を含まない。
- ●既に触れたように,ロンドンでのコレラ流行状況をまとめたSnowの研究は,すぐれた記述疫学研究である。
- 分析疫学(analytical epidemiology)
- ●生態学的研究(ecological study)(地域相関研究ともいう):集団を単位として,異なる地域に共通する傾向があるかの検討または一つの地域での経時的傾向を調べる。交絡因子の影響を受けやすい。汚染物質の分布,汚染物質の食物連鎖,リスク評価などに用いられる。多因子の交互作用も含めて考えるためには,重回帰モデル,多重ロジスティックモデル,対数線型モデル,比例ハザードモデルなど,多変量の統計モデルを用いるのが普通。
- ※ecological studyでは,交絡が存在するとecological fallacy(通常,生態学的誤謬と訳され,交絡があるときに集団を単位とすると,個人レベルでの真の関係とは違う関係が見え,間違った推論をしてしまうことを指す)を起こしやすいので注意。Greenland S (2001) Int. J. Epidemiol. 30: 1343-1350.に,わかりやすい事例が掲載されているので参照されたい。
- ●横断的研究(cross-sectional study):既存資料または1つの時点での調査データを分析する。既存資料の分析ではその質の吟味が必要。
- ●症例対照研究(case-control study)(患者対照研究ともいう。多くは後ろ向き研究(retrospective study)だが前向きのこともある):病因仮説の探索や新しい病因仮説の検証,既知の病因論の再検証,既知の病因論の症例への適合性の検討の目的で行う。対照の選び方が鍵。病院対照と住民対照があり,後者には全住民から抽出する対照と近隣住民から抽出する対照がある。いずれにせよマッチングを行うのが理想。インフォームドコンセントは必要。稀な疾患の研究では効率が良いので良く行われる。
- ●コホート研究(cohort study)(多くは前向き研究(prospective study)だが,それに限らない):元来はローマの軍隊の単位。転じてある共通の性質をもつ集団。多くの場合,同時出生集団の意味で使われる。なんらかの共通特性をもった人たちとそれをもっていない人たちを追跡調査し,疾病の発症率を調べることで,特性の有無が疾病の発生リスクにどのような効果をもつかを直接計算できる。
- ●ケースコホート研究(case cohort study):対照が症例と同じコホートから選択されるが,その選択が症例の発症前に行われる症例対照研究。対照群には後に発症する人も含まれうる。ケースコホート研究のオッズ比は,稀な疾患でなくても累積罹患率の推定値となる。
- ●コホート内症例対照研究(nested case control study):追跡中のコホート内に発生した患者を症例とし,対照が症例と同じコホートから選択されるが,その選択が症例の発症後に行われる症例対照研究。対照群と症例群の生存時間のバランスがとれるなど,多くの交絡因子が除去される。
- 介入研究
- ●介入研究では,研究者自身が曝露をセッティングすることにより,曝露以外の要因について差がないと期待される対照群を作り出すことができる。
- ●薬を開発する際の臨床試験(clinical trial)で盛んに行われる。臨床試験には第1相から第4相まであり,通常,第3相では最も科学的に厳密な仮説検定の方法とみなされているRCT(Randomized Controlled Trial)が行われる。RCTでは注目する要因の効果を正確に評価できるが,倫理面の条件を満たすことが非常に重要。
- 第1相:安全性と有効性のチェック。健康なボランティア100人未満を対象
- 第2相:ボランティア200〜500人を対象とした予備的な有効性チェック
- 第3相:数千人規模のボランティアを対象とした大規模な有効性チェック
- 第4相:第3相までの結果を提出して国の認可が下りてから市場に出して安全性と有効性確認をフォローアップする
- ●介入研究の進め方は図6・4参照。参照集団(実験集団がそれを正しく代表している必要がある),インフォームドコンセント,倫理委員会(ref. 疫学研究に関する倫理指針),無作為割り付け(+層化),盲検法(大抵は二重盲検,即ち処理群に割り付けられたか対照群に割り付けられたかを実験集団だけでなく処理担当者にもわからないようにデザインされる),標本サイズ(一般に処理群での期待リスクと対照群での期待リスクを先行研究や予備調査から得て,有意水準を5%,検出力を80%などと決めれば簡単な数式で必要な標本サイズを求められる)などが重要
- ●事例:MRFITなど(テキスト「疫学」に詳しく記載されている)。
- ●他に,field trial,community trial
まとめ(のようなもの)
- 記述疫学は疫学研究の第一段階として重要
- 生態学的研究の利点=二次資料でできる!!=安上がり。その後の研究の方向付けやきっかけとして有用。
- 横断的研究は多くの場合,個人単位での要因と疾病の関係を1時点の調査データに基づいて分析する。世帯単位の要因とか地域単位の要因が絡む場合は要注意。比較的安い。
- 患者対照研究では,多くの場合,2×2の分割表を作って分析する。要因と疾患に関連があるかないかをカイ二乗検定やフィッシャーの正確確率検定で分析する。または,オッズ比を計算する。オッズ比はリスク比(リスク因子への曝露が無い人のうちその疾患を発症する割合に対する,曝露がある人のうち,その疾患を発症する割合の比)のよい近似になるので有用。稀な疾患を比較的安く調査できるので有用。
- コホート研究は大金がかかるし手間もかかるが,ついでにnested case-control研究をすれば効率がよい。リスク比を求めることが可能。リスク因子の論理的確定に必須。
- 介入研究はリスク因子除去効果の判定(予測として)に必須。
研究手法による捉えられ方の違いを実感してみよう
- 用意するもの
- ▼対象者の属性が書かれたカードを人数分。研究手法と研究時点が書かれたカード(対象者の属性と適度にマッチするように考えて複数作る)。
- やり方
- ▼受講者に対象者の属性が書かれたカードを配る。研究手法と研究時点が書かれたカードを良く切って3枚くらい選び,それぞれの場合に調査対象に該当する人に挙手してもらい,数える。結果を集計し,研究手法ごとに捕捉できる割合とかかる費用を比較してみる。
- 備考
- ▼2003年度の講義では,数字と色がついた紙を配り,数字を曝露因子,色を疾病として,断面研究とコホート研究で得られるデータと検査回数を実感してもらったが,数字と色では抽象度が高すぎたようだ。検査を繰り返すとうんざりしてコンプライアンスが下がりやすいことは実感されたかもしれない。
- ▼実際にやらなくてもシミュレーションすることはできるので,その方がむしろ良かったかもしれない。
Correspondence to: minato@ypu.jp.
リンクと引用について