枕草子 (My Favorite Things)

【第538回】 ヒトの特殊性(2001年5月22日)

ヒトが他の動物に比べてどこが特殊か,ということはよく話題に上るが,なかなか的確な議論にならないケースが多いように思う。心があるとか,感情があるとかいうことをヒトの特殊性として挙げる人がいるが,それはもちろん傲慢である。心は脳の機能のエイリアスだし(養老孟司説。それ以外のクリアな心の定義をぼくは知らない),感情に至っては定義すらはっきりしていない。実体がはっきりしないものの存在の有無を問うのは不毛だと思う。

ドーキンスがレニエとの対談で言っているように,言語とか長期的予測能力といった特徴は,それよりはもっともらしい。しかし,いずれにせよ目に見えないことなので,ヒトを他の動物と区別する特殊性として挙げるには弱い。

もっとはっきりした,目に見える特殊性は,再生産能力を失った後も長い時間生存する動物はヒトだけだ*ということである。現代の日本などでは,閉経後も30年程度生きる女性が普通である。男性も閉経のようにはっきりした変化はないものの,高齢になれば精子の活性も量も低下するし,勃起機能不全(ED)になったりして生殖能力は平均的には明らかに低下するのに,それ以後も長い時間生きている。これはヒトだけの特徴である。

このことは,長い間進化生物学上の謎であった。なぜなら,死ぬまで再生産せずに生活史の途中で再生産能力を失ってしまうのは,単純に考えれば子どもの数を減らす方向に働くはずで,子どもの数を減らす遺伝特性が進化によって選択されることは論理的におかしいからである。一つの答えは,出産数は減るけれども,乳児死亡が低下するならば,次々世代に貢献する次世代の子ども数は増える可能性がある,ということだ。つまり,娘の子育てに協力することで孫の死亡率が低下するなら,おばあちゃんが自分で高齢出産するよりも自分の遺伝子のコピーが残る可能性は高くなりうるのである。これがHawkesらが唱えたGMH(Grand-Motherhood Hypothesis)の基本的な考え方である。もう今日になってしまったミーティングでは,Hawkesらのフレームを踏襲してデータを大幅に増やしたというAlvarezの論文を紹介するのだが,結果は基本的に同じで,生活史の途中で閉経するというのではなく,閉経後も長生きするようになったという発想の転換がキモである。つまり,再生産期間の延長とは独立に,孫育てによって体細胞の老化を遅らせるような淘汰がかかったと解釈するのだ。仮定は多いのだけれど,これだけ壮大な話だから仕方あるまい(詳細は発表時に配ったハンドアウトのHTML版,ただし英語のみを公開しておく)。

それにしても,こんな面倒くさいことを考えずにはいられないのも,ヒトだけだろうか?

*ヒト以外にもコビレゴンドウ(short-finned pilot whale)のように生活史の途中での閉経が知られている種はあるが,それらの種で多くの個体が閉経後も長期間生存するのかどうかは知られていない。

ミーティングはとりあえず無事に終わった。終了後,2年生への教室紹介と卒論生とのテーマ決めディスカッションがあり,帰りは例によって終電1本前である。週刊アスキーを読んだが,今週目を引かれた記事は,モバイルAthlon 4とモバイルDuronがSSE対応というニュースと,小泉首相の「公認」サイトについての「仮想報道」の記事くらいだった(探してみるまで知らなかったが,全文読めるのだなあ)。シャープのティルトキーボードマシンは,確かにマニア心をくすぐる装備であることは認めるが,外部CRT出力が専用インターフェースだという点とCPUが非力だという点でThinkPad X21ほどの魅力は感じなかった。むしろ松下のCF-A2R4H2の方が魅力的だ。このスペックで21万円なら安いと思う。耐衝撃性があるというのが泣かせる。


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