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社会調査第2回
「社会研究の素材と調査の順序」(2001年4月19日)
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最終更新:
2001年7月26日 木曜日 18時04分
講義概要
- 何を調べるか
- 社会の調査研究の対象は,社会生活に関わるいろいろな現象だが,対象をそれに決めるには,何らかのきっかけがあるはず
- 問題意識の源泉としては,だいたい5つのパタン:研究者本人の経験から,研究者本人の観察から,他人の経験から,他人の観察から,他の研究から(メタレベルの視点,メタアナリシス)
- 調べるための道具立て〜データ収集のためのいろいろな方法論
- 研究者が自分で観察して記録:観察(observation),参与観察(participatory observation)
- 事実に直接関係ある人から情報や意見を得る:生活史記録,面接(free interview),調査票と質問紙(schedule and questionnaire)〜面接調査法と質問紙法
- どうやって調べるか(手順)
- 実証されるものが何なのかを明確にする
- 調査の計画を立て,準備する(プリテストを含む)
- 現地調査
- 結果の整理と分析
- 普遍化して法則的理論をうちたてる
- 何のために調べるか〜問題発見型研究と仮説検証型研究
- 問題発見型研究とは,その名の通り,問題を発見するための研究。長期間かかり,無駄が多く,デザインを途中で変更する必要がある場合も多い。
- 仮説検証型研究は,既に指摘されている問題についてなんらかの作業仮説を立てて,それを検証するためにデザインされる。実行途中ではデザインは基本的に変えない。
フォロー
- 素材選定の問題意識の源の分類・事例
- 大学での科目選びは他人の経験や観察を参考にするが自分で経験や観察しないとわからない
→素材として大学での科目選びは身近なのかもしれませんが,対象社会がその大学に限定されてしまって,社会の研究として一般的な理論を導くような研究にはなりにくいと思います。もっとも,教育社会学のテーマにはなるかもしれませんが。
- 「スポーツテストの結果,児童生徒の体力や運動能力の低下が見られるらしい:原因は家庭環境の変化,車などの普及,親の過保護など本人周囲の環境によるものと思われる」「最近は株価や物価が安くなっているように感じた:デフレ社会到来か?」など多数
→素材はいいと思います。ただ,それぞれが経験(原則として主観的,つまり測定者の特性によって結果が異なる可能性があり,質的なデータが多い)か観察(原則として客観的,つまり誰が測っても同じ結果が得られると期待され,量的なデータが多い)か,自分のものか他人のものかという区別をできるだけ明確にするよう心がけてみてください。
- 他人の経験としてマスコミや政府はIT時代というが,他人の観察として携帯電話加入者数が5000万を超えている(2001年2月で携帯電話加入数が59,455,484件,PHS加入数が5,822,898件で,新潟や長野ではそのうち約4割がインターネット接続サービスを利用している)。
→IT革命と呼ばれるものの実態はどうなっているのか?/加入数で言えば国民の半数に達した(重複して登録されている人がいるので利用者数はもっと少ないにせよ)移動体通信が,社会にどのようなインパクトを与えているのか,また今後与えていくのか? など,面白いテーマにつなげられそうだと思います。概して,イメージ先行でデータが伴っていないけれども重大な問題だと感じられれば,そこには社会調査のニーズがあるといえます。
- 他のQ&A
- 経験と観察の区別がしにくい場合がある
→確かにそうですね。例えば,「自転車通学をしていて女性ドライバーの多さに気づいた」ことは,「高崎の主な交通手段は車か」という問題設定に対して,ドライバーの数を数えたわけではないので,経験になりそうな気がしますが,大雑把にでも数を数えていれば観察になると思います。「テレビの視聴率」はサンプル調査結果として数値で示されるので,他人の観察と考えていいと思います。
- 自分と他人の経験,観察が矛盾したらどうする?
→矛盾があるから面白いと考えることもできます。きちんとデザインして調査計画を立て,調査をし,どちらが調査結果と矛盾しないかを検討すればいいのです。
- 試験はどのように?
→1回目に言いましたが,少なくとも前期は定期試験は行わず,講義時間中に小テストを2回くらいする予定です。出席(感想・質問)も評価にプラス方向で加味します。
- 問題発見型研究にデザインはあるか?
→3回目の講義で説明しますが,あります。
- RRAとPRAについて詳しい説明を希望。
→RRA (Rapid Rural Appraisal),PRA (Participatory Rural Appraisal)ともに,現代の農村地域における調査法の主流ですが,観察,参与観察,インタビュー,質問紙などを総合的に組み合わせて行います。PRAはRRAがあまりに迅速に概要をつかむことを目指したために理解が浅くなりがちだったことへの反省として生まれ,参与観察を重視します。詳しくは3回目の講義で説明します。
- 実習は個人でやるのかみんなでやるのか?
→実習と言っても調査票の作り方やインタビューの仕方の練習で,実際にフィールドに出るわけではありませんから,個人で興味のもてるテーマでやってもいいのですが,あまりにバラバラだと全員を個人指導する必要が出てきて,それは時間の関係で不可能ですから,ある程度テーマを絞らせてもらうかもしれません。
- 作業仮説って何?
→英語ではworking hypothesisといい,大きな仮説を検証することを最終目的とした研究において,具体的な個々の調査項目で検証可能な仮説を指します。例えば,「自然環境の悪化は子どもの成長に悪影響を与える」というのが大きな仮説だとすると,複数の地域あるいは時点での大気中NOx濃度とその地域での青少年数1人当たりの犯罪発生率を測って,それらの間に統計的に関連があったら(正確に言えば,関連がない確率が極めて低かったら),「NOx濃度と青少年犯罪発生率には関係がある」という作業仮説が検証されたことになります。作業仮説は大きな仮説に比べて具体的で限定的なものになります。
- 標本調査の意味は?
→対象集団に属する全員を調べること(全数調査,または悉皆調査ともいいます)をしなくても,代表性を持つように適当に選んだその一部(標本)を調べれば,対象集団全体に通用する結果が得られるという思想です。例えば新聞社の世論調査のように,長野県民の田中知事支持率を知りたいときに,長野県民全員に聞かずに住民基本台帳などからランダムに(地域的偏りがあるような場合は単純無作為抽出ではランダムにならないので工夫が必要ですが)選んだ何千人かに聞いた結果から,「長野県民の田中知事支持率は84%」などと推論するわけです。全数調査に比べると低コストで,調査拒否による偏りを避けやすいことから,全数調査より却って正しく対象集団の性質を把握することができる場合もあります。