東京大学 | 大学院医学系研究科 | 国際保健学専攻 | 人類生態学教室TOP | 2nd
社会調査第6回
「参与観察」(2001年5月24日)
トップ | 更新情報 | 研究と教育 | 業績 | 計算機 | 写真 | 枕草子 | 著者 | 目安箱 | 書評 | 社会調査
最終更新:
2001年7月26日 木曜日 18時28分
講義概要
- 参与観察とは何か?
- ●対象社会の一員として生活しながら観察すること
- ●「ネイティブになること」「その社会における現象の1つになること」を目指す研究者もいるが,ある程度の距離と客観性を保つことを重視する研究者が多い。
- 参与観察とフィールドワーク
- ●すべての参与観察はフィールドワークであるが,参与観察でないフィールドワークもある。
- ●漁師のフィールドワークで一緒になって漁をするのではなく,漁に出るときに一緒についていって空気のように観察する。
- どれくらいの時間がかかるのか?
- ●1年以上のフィールドワークをする研究は多いが,参与観察そのものは数週間の場合が多い。
- ●異文化ではコトバを覚えるだけでも1年以上かかる場合もある。祭りなど内容次第では2,3日でできる参与観察もある。
- ●珍しい風習など,それに出会うまでの待ち時間が長い場合もある。相当親しくならないと見せてもらえないものもある。
- 参与観察の妥当性〜少なくとも5つの理由〜
- 異なる多種類のデータを収集できる
- 対象者の無反応を避けられる
- 微妙な質問を現地の適切な言葉でできる
- 直観的理解を助ける
- 参与観察なしではわからない問題がある
- フィールドに入るには
- 入りにくいところを選ぶ理由はない
- 自分自身と研究プロジェクトについて(現地の重要人物が読める言語で)書いたものをもって入ること。
- 伝手を作って入ること(但しトップダウンがベストとは限らない)
- 対象社会の人々からの質問を予想しておく
- 歩き回って地図を作り,なんとなく現地の人と話したり,家系図を作ったりすることで存在を認知してもらう
- 参与観察者に必要な技術
- ●言語
- 覚えるコツは,数語でも完璧に発音できるようになって,口に出して言ってみる。
- 事前にその言語の集中講座を受けるのも可(但し日本ではあまりコースがない)。
- 方言などの場合は,必ずしも現地の人の言葉を真似るのはうまくない(馬鹿にしていると受け取られたら終わり)。
- ●明示的な「気づき」を与えること
- ●記憶と記録(目的のために十分な方法を工夫して考えておく)
- ●いつまでも初心を忘れずに調査する
- 客観性と中立性
- ●同義ではない。
- ●例えばWWFの調査者が自然認識の調査をする場合,調査者が保全側なのは自明なので中立ではない。しかし,適切な手順で調査すれば,客観性を保つことはできる。
- ●大事なのは客観性。
- 性別等による制約
- ●調査者の年齢や性別,社会経済的状態が調査の足枷となる場合もある。
- ●例えば,男性は出産の場への参与が禁止されている社会が多い。
- ●また例えば,パプアニューギニアのギデラと呼ばれる人々の社会では,ワニの解体作業は既婚男性しか参加を許されない。たとえ外国人研究者といえども,未婚だったり女性だったりすると,ワニの解体は見ることさえ許されない。
- フィールドを生き抜くために
- ●怪我や病気に備える
- ●人々の忠告には従う
- 参与観察の段階
- 最初のコンタクト
- ショック
- 発見
- 休息。落ち着いて問題を捉えなおしてみる
- 焦点を定める
- 徹底的にデータをとる
- 2回目の休息
- 取り忘れたデータがないかを確認してフィールドを離れる
フォロー
- 第1回などバックナンバーのプリントは貰える?
- 何部か用意していくので,必要な人は言ってください。
- 参与観察の重要性と大変さがわかった(同意見多数)。
- 伝わって良かったです。
- (とくに,いわゆる発展途上国の村落における)参与観察の前段階で,
- Q1.家系図を作ることに何の意味があるのか?
●系譜人口学的な意味の他に,人間関係を把握することに大きく役立ちます。世間話をするにも,村から外に出ていった人の存在を知っている人と,そうでない人に対しては,言及される話題の幅が変わってきます。
- Q2.作る地図とはどういうものか?
●歩測あるいは平板測量で1軒1軒の家や,小さなキッチン,豚小屋に至るまで,かなり正確な位置と地名を書いた地図を作れば,村の中の様子がわかるだけでなく,行動距離や活動パタンなどいろいろな情報が得られます。また,調査者というヨソモノが,何か変わったことをしそうだけれど害にはならなそうだし,面白いものを見せてくれるかもしれない(この種の正確な地図を寄付すると,通常,非常に歓迎されます)というアピールになります。もっとも,時間がないときは,測量をせずに,簡単な自然地形と家や畑の位置関係だけを書き込んだ略図でも,意外に役に立ちます。(例1,例2)
- 対象社会に受け入れられながらも,完全にその一員とはならないとはどういうことか?
- 漁業の調査でずっと一緒に魚を獲っていては観察や記録ができません。女性研究者が調査に入った場合,いくらその村では女性は農作業と煮炊きで丸一日働くモノだとされていても,ずっとそればかりやっていては,他の村人が何をしているのか,という肝心な点のデータが取れません。もちろん,数回経験することは,データを解釈する上でプラスになるでしょう。フィールドワークの大きなポイントは,違う文化的バックグラウンドをもった調査者だからこそ気づくことを抽出できる点にあるので,完全に一員となってその社会のインサイダーとなってしまってはいけないのです(という意見が多数だと思います)。
- 何気なく使った方言の意味を尋ねられることがあるが,その言葉を説明できる言葉も方言だったりして,意味を伝えられないことがある。参与観察中に現地の言語の意味を聞いたときに現地の言葉でしか説明できないと言われたらどうするか?
- それがわかるようになるまで現地で生活するしかないと思います。ここで勝手に外からの解釈のフレームを当てはめてしまったというのが,レヴィ=ストロースに代表される構造主義人類学への最大の批判です。
- 海外のフィールドでは調査以前の安全管理や基礎も重要だと感じたが,国内ではどうか?
- 感染症が少ないこと,銃や刃物に出会う危険が少ないことを除けば,相手の言うことによく耳を傾けるとか,相手の社会慣習を尊重するとかいったことは,国内でも基本的に同じです。
- TVなどのドキュメンタリーを見ていても疑問だが,どうやってコンタクトする?
- これは難しいです。ケースバイケースですが,何らかのつてを辿って(個人的なつてが何もなければ,国の担当者,州政府の担当者,という具合に上から順番に紹介して貰って)対象社会の有力者に連絡をとり,その有力者を通して対象社会に紹介して貰うのが常道でしょう。有力者(多くは村長とかパラマウントチーフとか学校の先生,組合の参事など)から紹介して貰うとスムーズに入り込める場合は多いのですが,その社会の底辺とされる部分に辿り着くのは困難な場合があります。そういう場合は,有力者には一言断るにしても,敢えて公式には紹介されないままに入り込んでしまった方がいいこともあります。
- 蚊の吸血活動が活発な夕方歩いてマラリアにならなかった?
- 暑くても靴下と長袖長ズボンで完全防備していたので大丈夫でした。自分の身を守ることは,調査を完遂するためには絶対に必要な条件です。
- テレビ番組でアフリカやアジアの知らない土地に住んでそこの住民たちと暮らすのを見る。ある番組でモンゴルの遊牧民と一緒に行動し,彼らの健康状態をみていた。ああいうのが参与観察か?
- 明確な目的をもって,異なる社会に入っているアウトサイダーとしての自分を意識しながら,相手になるべく影響を与えないように観察していれば,テレビ番組のドキュメンタリーで行われることも参与観察といえるでしょう。残念なことに見映えのする映像をとるための演出という名のヤラセが多いようですが(半ば無意識かもしれません)。なお,番組自体は編集結果なので観察そのものではありません。
- どうやったら空気や壁のようになれるのか?
- 風景の一要素として馴染むことでしょう。そうはいっても人間だから難しいですが。この人に見られても何も日常生活に関係のある変化は起きないという絶対的な信頼関係を作ることが有効な場合もあります。
- 隠しカメラや小型カメラでの観察はどうか?
- 実際に調査で使われることもあります。しかし,ビデオテープを起こすのは,観察そのものと同じか,それ以上の時間がかかるので,あまり効率的ではありません。
- 客観性が大事なことはわかったが中立性の有無も返って来る答えには影響するのでは?
- たしかにWWFの調査者の前で木を伐ろうという人は少ないでしょう。中立性がないと見られるデータが偏るという可能性はあります。