山口県立大学 | 看護学部 | 中澤 港

「パプアニューギニアの飲みもの」

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このページの最終更新は, October 31, 2002 (THU) 00:02 に行われました。
このページは,季刊「オセアニア」No.53(日本オセアニア交流協会発行)に載った原稿の元ファイルに加筆修正したものです。東京大学のサイトに掲載していたものを,リンク先等若干改変してコピーしました。


はじめに

carrying coco

パプアニューギニアでの飲み物というと,どういうものを想像されるでしょうか? もちろん伝統的には,池や川や湧き水で汲んだ水と,ココナツジュースが主要な飲み物でした。長い距離を歩くときなども,いくつものココナツを縛って肩にかけたりできるので(右写真),ココナツジュースは便利な飲み物です。しかし現在では,外国から入ってきた飲み物も,住民の生活の中で欠かせないものになってきています。

近代化にともなって入ってきた飲み物といえば,まず,SP (South Pacific)ビールがあげられます。海外資本の工場で作られたこのビールは,ほぼすべての町に出回っていますが,この国の人たちはアルコールに弱い人が多いため,「スパーク」[a]して刀を振り回したり喧嘩をしたり商店に水をかけたり,と大きな社会問題になってもいます。あまりの問題の多さに,夜間や休日はアルコール飲料の販売が禁じられたこともあります[b]

アルコール飲料以外では,もちろん,他の多くの発展途上国と同じく,コーク・ペプシの2大コーラ,それにメロウイエローやミリンダなどの缶入りの炭酸飲料も出回っています。私の経験でも,電気の来ていない村のカンティーンで飲んだ生ぬるいコーラの味は忘れられません[c]。プラスティックボトル入りのコーディアル[d]なども時折飲まれますし,この容器は水の運搬にも使われます。

しかし,ビールや炭酸飲料は,基本的に輸入商品です。今ではパプアニューギニア第二の都市レイの工場などでも作っていますが,資本もノウハウも輸入物です。それに対して,パプアニューギニア国内で生産されている飲み物もあります。具体的に言えば,コーヒーと紅茶です。ココアも生産され,輸出用換金作物としてはコーヒー・アブラヤシについで第3位の輸出高ですが,国内消費はあまりないので,ここでは深くは触れないことにします。ココアと似た味のミロ[e]はよく飲まれていますが,言うまでもなく,これは麦芽飲料ですし,ネッスル製の輸入品ですので,どちらかといえば炭酸飲料に近いところに位置するものといえましょう。ロングライフミルクやミネラルウォーターといったものもどこの町でも買えますが,オーストラリアやマレーシア,あるいはインドネシアからの輸入品で,庶民には縁遠いものです。


コーヒーと紅茶の経済効果

PNG Highlands

さて,パプアニューギニアでコーヒーや紅茶が生産されていること自体は,ご存知の方も多いと思います。しかし,いつどのように生産が始まって,どれくらいの経済効果があるのか,またどれくらい住民に根づいているのか,ということになるとほとんど知られていないでしょう。9年前,初めてパプアニューギニアを訪れたときは,私もここがコーヒー生産国であることは知っていましたが,まさかコーヒー輸出額が当時2億キナ(1キナは1ドル弱なので200億円相当)以上もあって,GNPの5%に当たるほどとは思いませんでした。1997年現在の輸出額は3億キナですから,年平均増加率は4%にもなり,人口増加を上回る勢いで現在も伸びています[f]。したがって,国家の外貨獲得に関しても大きな役割を担っているといえます。ちなみに1997年2月から1998年1月までの輸出総量は,1064166袋(1袋は生豆60 kg)です。

しかし,国際的にみるとパプアニューギニアのコーヒー豆は2級品と見られていて,コーヒー相場[g]での重要性はブラジル,コロンビア,インドネシアなどに比べるとほとんどありません。このことの原因としては,輸出総額が少ないことばかりでなく,主な輸出先がドイツとオーストラリアであって,世界最大のコーヒー消費国であるアメリカ合衆国[h]との取り引きが少ないことも関係しているのかもしれません。

紅茶の輸出額は1997年に630万キナと3億キナのコーヒーに比べると2%程度で微々たるものですし,1986年の713万キナに比べるとかなり減少しています。また,最大の輸出先はオーストラリアで,ロンドンやカルカッタのオークションには関係しません。もっとも,1997年はエル・ニーニョの影響といわれる大旱魃があったために特別に少なかったのかもしれませんし,人々の生活への溶け込み具合に関していえば,むしろコーヒーよりも上かもしれません。逆に考えれば,国際競争力を気にする必要がないおかげで価格が低く維持され,庶民が気軽に飲める飲み物になっているともいえます。

コーヒーも紅茶も高地(右写真)でしか生産されていませんので,低地の人への直接的な経済効果はほとんどありませんが,高地の人々にとっては貴重な現金収入源であることは間違いありません。


コーヒーと紅茶の生産

コーヒーの原木はほとんどが1930年代にジャマイカから導入されたアラビカ種のもので,世界に名だたるブルーマウンテンと同じ品種なのですが,土壌の質や気候風土の違いのせいで,豆の質は随分違うようです。アラビカ種のコーヒーは海抜1000メートルから2000メートルの高地(主として東部高地州や西部高地州)でないと育たないので,海抜600メートル未満のところ(主として東セピック州,マダン州,及びモロベ州)ではロブスタ種も若干生産されています。しかし,ロブスタ種の占める割合は10%にも達しませんし,その多くはインスタントコーヒーを作るのに使われるので,経済効果としては微々たるものです。

コーヒーの生産は,西部高地州の州都マウントハーゲンや東部高地州の州都ゴロカの周辺の大規模プランテーションによるものが約40%で,残りは小規模な自作農民によって担われています。これは,大規模なプランテーションが中心となっているブラジルなどのコーヒー先進国とは対照的です。したがって,国際的なコーヒーブローカーも,他の国となら生産者と生豆の買い付け契約をするところが,パプアニューギニアに関しては地元の集荷加工輸出業者と契約をせざるを得ず,これもパプアニューギニアのコーヒーの評判が今一つになっている原因と思われます。業者としては,ゴロカのANGCO社とPNG COFFEE EXPORTS社,マウントハーゲンのMONPI COFFEE FACTORY社やWR CARPENTER & Co.社,レイのKUNDU COFFEE EXPORTSなどがあります。レイは輸出港であって生産地ではないので違いますが,ゴロカやマウントハーゲンの業者は,小規模な自作農民によって持ち込まれるコーヒーの実の水洗,パーチメントの脱穀,乾燥,袋詰めといった作業も行いますので,近隣の村からも多くの労働者を雇っています。コーヒーの場合,輸出されるのはほとんどがグリーンとも呼ばれる生豆で,私たちが普通に目にする焙煎後の黒っぽい豆ではありません。グリーンの水分含量は天日乾燥あるいは乾燥室で10%程度に調節されるのが理想なのですが[i],これを小規模な自作農民が行うのはかなり困難なため,彼らは実を業者に持ち込むのです。

一方,紅茶の生産に関しては,Wahgi谷など西部高地州が中心です。紅茶は茶葉の摘み取りが定期的に行われなければならない上,その後も萎凋,揉捻,発酵,乾燥と複雑な工程が必要なので,大規模プランテーションで作られ,製品化まで一貫して行われています。地元の住民はプランテーションに雇われるという形です。植え付け後3年目から収穫でき,その後100年は存続するのが普通なので,持続的開発には有望な換金作物だと思うのですが,プランテーションを維持するのが困難なためか,あまり多くはありません。また,生産される紅茶は,BOPあるいはファニングスやダストといった,低いグレードのものがほとんどです。そのまま125 gあるいは250 gの箱詰めや50 gのビニール袋詰めで出荷される場合もあれば,ティーバッグにされるものもあります。業者はBushellsという銘柄のPNG PACKERS社,No.1という銘柄のWR CARPENTER & Co.社,KURUMULという銘柄のKURUMUL PLANTATIONS社でシェアの大部分を占めます。No.1がもっとも昔からあるのですが[j],最近はKURUMULの糸無しの丸いティーバッグがコストパフォーマンスが良いということで,良く飲まれていました。KURUMULにしても1 kgのお土産用の箱でも8キナしかしないので,100 gで3000円ないし10000円といった日本で買うFTGFOP1グレードのインド産ダージリンに比べたらただのような値段です。


生活の中でのコーヒーと紅茶

Supermarket

インスタントコーヒーは輸出にはあまり関係ないのですが,住民の生活とは深いかかわりがあります。というのは,とくに低地では,コーヒーを飲むというのはインスタントコーヒーを飲むことだからです。ネッスルが東部高地州など5つの工場を作ってネスカフェ・ニウギニブレンドという銘柄のインスタントコーヒーを生産しており,これが全国津々浦々のカンティーンにまで行き渡っています。オーストラリアと共通の43ブレンドという銘柄も最近入りましたが,まだニウギニブレンドほどポピュラーではありません。他にはパブロというのも安価なので良く飲まれています。日本でも売られているネスカフェ・ゴールドブレンドもあるのですが,高価なので普通の村人があまり買うことはなく,特別な場合にのみ飲まれます。どの場合でも,砂糖をたっぷり入れるのが特徴的です。われわれ日本人からすると,信じられないくらいに砂糖を入れるのです。マグカップ1杯にインスタントコーヒーを小さじすりきり1杯,砂糖を大さじ3杯から4杯入れます。砂糖自体はこれも国内で生産しているサトウキビを原料としてモロベ州の工場で作られたRAMUというブランドの,三温糖のような色をしたものが市場をほぼ独占しています。

それに対して,いわゆるレギュラーコーヒーは,低地ではほとんど飲まれることはありません。もちろん,町のスーパーマーケット(右写真)や空港の免税店などでは焙煎済みのゴロカ・コーヒーやパラダイス・ゴールドといった銘柄[k]の窒素充填パック品が売られていますが,これらを町で買うのは観光客と現地法人に派遣されている外国人[l]がほとんどで,地元住民はあまり買いません。これらの焙煎とマーケティングは,ほぼゴロカに本拠を置くGOROKA COFFEE ROASTERS社とARABICAS社の独占状態です。最近ではWR CARPENTER & Co.社のSigriコーヒーというのも盛んに宣伝されていますが,まだほとんど出回っていません。また,レギュラーコーヒーをいれるための器具としてのプランジャーポット[m]や電動コーヒーメーカーもポートモレスビーの高級スーパーマーケットには売られていますが,買うのはほとんどパプアニューギニア駐在の外国人です。

では,高地の人たちはどうやって飲むかというと,浸漬(スティーピング)法といって,挽いたコーヒーの粉をマグカップにとり,たっぷりの砂糖を入れてから,直接湯を入れてかき混ぜ,粉が沈むのを待って飲むことが多いようです。本式のスティーピングでは1分待った後,ストレーナーなどで粉を濾しますが,パプアニューギニアスタイルでは粉が口に入ったら地面にぺっぺと吐きすてるのが普通です。


Tea Ceremony

いっぽう,紅茶は,セレモニーの中で重要な役割を果たしています。私が何度か訪れた西部州低地のギデラ語を話す人たちの村では,独立記念日やクリスマスはもちろん,教会の改築記念とか小学校の増築記念などと言っては頻繁にパーティが行われるのですが,このパーティで出される飲み物も,最近は紅茶になっています。薬缶にお湯を沸かしておいてKURUMULの丸型ティーバッグを2,3個放り込み,砂糖を大さじ20杯くらい入れて混ぜると,大勢に振る舞う飲み物としてちょうど良い量になるからではないかと思います(右写真)。私のような外からの客が去る時にも,だいたいパーティが行われ,紅茶がふるまわれます。面白かったのは,私が村に滞在していた間,普段は自分専用に砂糖なしで紅茶やインスタントコーヒーを入れてもらっていたのですが,セレモニーのときだけは砂糖の入った村人と同じものを飲まねばならないと言われたことです。一つの同じ薬缶から注がれる紅茶を飲むことで得られる共同体の一体感といったこともあるのかもしれません。

こうしたコーヒーや紅茶とのつきあい方が今後どのように変わっていくのか,それとも変わらないのか,私はこれからもパプアニューギニアに行くたびに,調査とは別に,肌で感じる近代化として眺めてゆきたいと思っています。やや苦目のKURUMULティーを飲みながら。



[a] 酔っ払って正常な判断力をなくした状態を,彼らはこう言います。

[b] 現在では,マヌス州など全面禁止の州もあります。

[c] もっとも,この国の電力供給率は12%に過ぎません。

[d] 甘ったるい果物味の清涼飲料水の一種です。

[e] 現地の人たちは「マイロ」と言います。

[f] ただし,1997年は大旱魃のせいかもしれませんが,年末に異常なキナ安が進み,キナの価値が対米ドルで大幅に下がってしまいましたので,この出荷額3億キナをそのまま伸びと思っていいかどうかは難しいところです。実は外貨準備高が毎年減りつづけた挙げ句に1994年の変動相場制に移行してから,キナの価値は低下し続けてきたのですが,昨年末のキナ安はそれに輪をかけてひどいものでした。

[g] 日々変動しますし,複雑な要因が絡んでいるので読みにくいと言われています。5日で1割くらい変わることも希ではありません。

[h] もっとも,一人当たり消費量は北欧諸国の半分くらいです。

[i] それ以上だとカビがつきますし,それ以下だと風味がなくなるといわれています。

[j] ピジン語で「ナンバワン」というと,最高とか素晴らしいとかいう意味になります。日本での「チョベリグ」みたいでなんだかおかしいです。

[k] 最近では有機栽培を売り物にしたものもあります。

[l] パプアニューギニア人口のほぼ1%に当たります。

[m] 日本ではメリオール,ハリオールなどの商品名で,紅茶をいれる道具と思われているものです。余談ですが,国際的に見ると日本のようにドリップ式が広まっているところの方が珍しく,アメリカではほとんど電動コーヒーメーカーかエスプレッソマシンですし,オーストラリアなどではプランジャーポットが普通です。


Correspondence to: minato@ypu.jp.

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