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書評:鄭 雄一『東大理系教授が考える道徳のメカニズム』(ベスト新書)

更新:2013年11月12日+2014年11月16日追記

書誌情報

書評

著者である鄭君は,ぼくとは開成の同級生(追記:厳密に言うと,同じクラスだったことはないから,同期生と書くべきだった)だが,中高通して常に学年トップの成績を軽々と(少なくとも傍目にはそう見えた)維持していて,当然のように現役で理科III類に入った,同級生の間でも常に一目置かれている人物である。まあ,有り体に言ってしまえば,本物の天才である。その彼が書いた一般向けの本であるからには,読む前から,絶対に何か得るものがあるだろうと期待していた。

帯の惹句に『「なぜ悪いことをしてはいけないの?」に,どう答えますか? 哲学者・思想家たちが解明できない問いに,理系的視点で挑む!』とあって,章立てが,問題提起,先行研究,モデル構築,応用展開1,応用展開2,シミュレーションと予測となっているので,中身もユニークなものと思われた。

読んでみたところ,期待通りの本だった。人間の社会において道徳が生まれるメカニズムについて先行研究から仮説を構築し,事例による検証をした上で,道徳が社会維持に果たす機能や,道徳が内包する二つの規範のバランスが崩れた時に暴走した社会が他の社会と衝突する問題点を,難しい言葉を使わずに(この紹介文は難しい言葉を使ってしまっていてダメだが),実にクリアに説明してくれている。国際・災害保健活動論で人道援助のrationaleを説明する際に本書の内容の紹介スライドを作って使ってしまったほどだ。今期の講義では,出席代わりに感想を書いて貰っているのだが,この回の感想では本書に触れた学生が多かった。とてもユニークで,かつ読むと頭が整理されたような気になるので,誰が読んでも得るところは大きいと思うし,お薦めできる本だと思う。

なお,「おわりに」で謝辞を捧げられている方々には肩書きがついていないのだが,ほぼ半分は開成の先生方であった(去年の学年会で『弱くても勝てます』を紹介された橋本先生にも謝辞が捧げられていたので,今年の学年会ではきっと本書を紹介してくださるだろう)。(2014年11月16日追記:予想に反して2013年の学年会では橋本先生は本書について言及されなかったが,2014年の学年会では鄭君自身の講演が行われ,話のメインは本書の内容だったので,橋本先生からもそれを受けて「大変勉強になりました」というご発言があった。今回の講演の結語部分では,本書より一歩踏み込んで,バーチャルな面識よりリアルな面識を大事にすべきという主張があり,途上国の村での暮らしが大好きなぼくとしては大賛成だが,世の中の多くの人が「景気を良くする」なんていう言葉に惑わされるような現状からしたら,日本では難しいようにも思った。そこにどうアプローチするかというコミュニケーションの問題が次の課題だろう)

整理された頭で世の中をみると,物事の捉え方が変わる。あまちゃんで大ブレイク中の能年玲奈が主演した短編映画『動物の狩り方』でヒロインの友人にあった善良なる悪意と,朝倉宏景『白球アフロ』の「俺」がクリスにバントの必要性を説いたときの「ごまかし」は,どちらも,本書で道徳の本質として「仲間らしくしなさい」という掟の2番目に挙げられていた,「仲間と同じように考え,行動する」という,いわば同調圧力として捉えることができるが,本書を読むとそういう見方ができるようになる。

【2013年8月5日,2013年4月21日の鵯記2013年7月16日の鵯記より採録】;2013年11月12日,リンク追加し,若干加筆。2014年11月16日追記


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