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書評:トーマス・ウェイツ(村井理子 訳)『ゼロからトースターを作ってみた結果』新潮文庫

更新:2018年5月18日

書誌情報

書評

面白い。

山形浩生のようなこなれた文体で非常に訳文が読みやすいし,鉄鉱石を拾いに行って自分で精錬してみたり,スコットランド最果ての地まで行って山道を放浪した末にマイカ(雲母)を手に入れたりという悪戦苦闘の果てに,トースターらしき物を作り上げた話は面白いし(少年ジャンプで連載されている「Dr. Stone」という漫画に通じる面白さがある。

まあ,トーマスは文明崩壊後の世界に放り出されたわけではないから,当初は厳しいルールを定めてみるものの,しばしばしれっと文明の利器の助けを借りるのだが),その関係で文明論や経済活動やグローバリゼーションについて展開される考察も含蓄が深い。

公衆衛生学の「環境問題と公害」の回や,環境・食品・産業衛生学の講義で紹介したいくらいだ。鉱夫の健康についても論じているゲオルク・アグリコラの『デ・レ・メタリカ』を引用して,高度な技術が使えなくてもできる鉄の冶金の方法を考察するところなど,良いセンスだと思う(それでいながら,結局は電子レンジを使ってしまう辺りのヘタレっぷりが,また面白い)。

面白いノンフィクションを探している方がいたら全力でお勧めしたい傑作。


【2018年5月18日,2017年11月17日の鵯記より採録】


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