Copyright (C) Minato NAKAZAWA, 2011. Last Update on 2011年7月11日 (月) at 17:30:01.
目が覚めたら4:00だったので,慌てて結果付きの写真印刷をした。7:00に山内さんと一緒にBread Kitchenにパンを買いに行くことにしていたのだが,とてもそんな暇は無かった。山内さんが一人でパンを買いに行ってくれて,クリームパンとスコンをインスタントコーヒーで流し込んで朝食としたが,基本的に8:00頃までワークショップで発表する資料の準備をしていた。一人でいくつも発表することになっているので大変だ。もっとも,これまでに発表した内容を整理したり英語にしたりするだけで準備できるトピックもあるのだが,それでも大部分は新作するしかなく,時間がかかるけれども,なかなかプレゼンファイルができないのだった。
8:30にロビーに行き,迎えに来た車でNHTRIへ行き,結果付きの村人の写真をFさんに渡した。そこからは忙しすぎて良く覚えていないのだが,大前先生と山内さんとFさんと一緒にまず病院へ行ってワークショップ会場を確認することにした。病院のメインの外来とか病棟よりも東側に,数年前に台湾の援助で建てられたカンファレンス用のホールがあって,カオシュンの大学の大学院留学生受け入れ広告ポスターが貼られていた。ホールの向かい側には,台湾衛生中心(Taiwan Health Center)まであって,台湾のソロモン諸島援助に掛ける意気込みの大きさがうかがえた。ソロモン諸島は,世界でも数少ない,台湾を正式に国として認めている独立国として,将来の国連総会での貴重な一票になるに違いないので,台湾としてもメリットはあるのだ。
ホールは当然ながら閉まっていて,カギを借りに事務所に行ったら無人だったので,暫く待つ必要があった。9:00過ぎに無人の事務所というのも変だが,20分ほど待つと担当の女性がやってきたので事なきを得た。会場費を支払ってからカギを借り,会場を開けてみると,なかなかいい部屋だった。クーラーも4台あったし,プロジェクタも天井に2台取り付けられていた。もっとも,コンピュータにつなげるケーブルが会場後方にしか出ていないので,自分で操作することができないのは問題だと思った。けれども,交替でコンピュータ操作をすることにして"May I have a next slide?"というスタイルでもいいし,日本から持ってきた予備のプロジェクタは短焦点型だからスクリーン近くの台に置いて自分のコンピュータも手元に置いてプレゼンすることが可能だ。まあ問題ないだろう。会場の外をぐるっと見て回ると,台湾の大学がこれまでに作ったポスターが貼られていた。中でも気になったのが右上写真中央のポスターで,「蟲蟲大作戦」という名称が何ともいえない味を醸し出していた。
次は公衆衛生局長との会談である。電話によると10分くらいなら会えそうだという。大前先生,山内さん,Fさん,中澤の4人でチャイナタウンにある保健省の建物に行ってみると,入口のところにNHTRIの所長であるA氏がいたので,一緒に公衆衛生局長であるT博士の部屋に行って,調査とワークショップの話をし,土産物を渡してから,一緒に写真を撮った。これで一通りの表敬訪問は終わった。
Fさんがワークショップで使う文具類の伝票を切ってもらってから実際に文具店に行って買ってくるために車が必要だというので,我々はいったんホテルに戻って,久々にメンダナホテルで昼食をとった(カツ重を食べたが,それなりにいい味だった)。Fさんには他にもいろいろしなくてはいけないこともあり,その後では治療のために村に行ってもらわねばならない(実は感染強度が高いマラリア患者はいなかったので,それほど慌てて治療しなくても大丈夫だが)。村から帰ってきてワークショップ準備の仕上げにかかるまで,とりあえず暫く時間ができたので,発表準備に戻った。
夕方,あまりにも動きが無いのでFさんに電話してみたら,驚いたことに,ちょうど良かった,やっと文房具が揃ったから連絡しようと思っていたの,というのである。あれ? だって,文房具って昼過ぎには取りに行くことになっていたんじゃないの? と尋ねると,昼過ぎに伝票を切ってもらうところに行ったのだけれど,書類ができてなくて1時間待ち,文房具屋でも待ち時間があって,やっと持ち帰れたところで,これがソロモンタイムってことよ,という感じの返事で,悪びれもせずにいるので,こちらも毒気を抜かれてしまって,どうしようもない。ともかく迎えに来た車に乗ってNHTRIのオフィスに行った。部屋の奥の方では,Fさんから手伝いを頼まれたという男性が,ワークショップ参加者用のIDカードを準備していた。なかなか格好いい。ともかく翌朝にはワークショップが始まってしまうので,最終的なプログラムはこちらで印刷して60部コピーするから,メールで送ってくれと頼んでから(FさんのコンピュータはUSBが使えないのだそうだ。ウイルスでも入っているのか,物理的な故障なのか不明だが,ファイルのやり取りはメール添付しかないとのこと。ちなみに,翌日のワークショップで,ソロモン諸島側の偉い人のプレゼン用ファイルを受け取るために,Y5にUSBメモリを挿してもらったのだが,ほぼ全員のUSBがUSB感染型のコンピュータウイルスにやられているのをMicrosoft Security Essentialsが検出したので唖然とした),再び外出した。
まずは村から招待した人たちのための宿への支払いをしなくては,とFさんがいうので,その宿へ行くことになった。1人当たり1泊100 SBDという破格の安さだったことと,写真の通り,思ったよりも小奇麗なホテルだったのはいいのだが,問題は,宿そのもので働いている人たちは,お金を受け取ることはできるけれども領収証を切れないということにあった。チャイナタウンの事務所まで行かないと領収証を出せないというのだ。それくらい電話でブッキングしたときに確認しておいて欲しいと思ったが,きっとFさんは調査とワークショップで頭がいっぱいで,そこまで頭が回らなかったのだろう。というか,この宿が特殊なのだと思うが。チャイナタウンに行って支払いを済ませたら,既に17:40を過ぎている。次にケータリングによる昼食とコーヒーブレイクのための支払いをするため,NHTRIのオフィスに戻った。これが60人分なのだがソロモン諸島にしてはかなり高い(ランチが一人当たり80 SBD,コーヒーブレイクが一人当たり60 SBD)ので,もう少し安いところはないのか尋ねてみたのだが,最も安いクラスなのだという。考えてみれば外国人しかケータリングなんて頼まないかもしれないので,高くても仕方ないのか。2004年にウェスタンで頼んだケータリングも同じくらいの単価だったような気もするし。ただ,確か会合費用については,科研費では食事分は出せなかったように思うので,そうだとすると,ぼくが自腹を切るしかないのが痛いところだ(2月22日追記:群馬大学の用度係に確認したところ,昼を挟んで3時間以上の会議ならば昼食代も支出可能らしいので,とりあえず書類を作ってみる)。村からの出席者に払わせるわけにもいかないので,次回からはもう少し工夫したいところだ。
ケータリングサービスの店に支払いを済ませた後,これからFさんは本当に村へ行って来られるのか? と危ぶみつつも,ぼくは歩いてホテルに帰った。ワークショップで配るためのプログラム最終版がFさんからメールで送られてくるのを待ちながら,自分のプレゼンテーションファイルの準備を進めた。
18:30頃にFさんからメールで最終プログラムが届いたので(数日前のバージョンとあまり変わっていなかったし,一部昔の表記に戻ってしまっていたりして,却って改悪されていた部分もあったので,どうしてこんなに時間がかかったのか不明),まだ村に行っていないのかと電話をかけてみた。すると,半ば恐れていたのだが,これから村に行くと夜になってしまって路面が悪くて危険なので,明日の早朝に村に行くことにしたいとドライバーI氏が言っていて,村に行くのは明日の早朝でいいかというのだ。悪い予想が当たってしまった。ここまでタイトなスケジュールにしてしまうと,業者もしっかりしていないので待ち時間が増え,予定を全部こなせなくなるのは仕方ない。だから,今日行けないのはもう仕方ないと諦めるとして,問題はどうやって村人に投薬するべきかということだ。明日の朝に村まで行って,ワークショップが始まる時刻までに戻ってくるなどというウルトラCができるはずがないことと,急いで投薬が必要そうな人がいなかったことから,今回は村人の中でワークショップに参加する元マラリアテクニシャンであるCH氏に託すことに決め,そうしてくれるようにFさんに頼んだ。こういう場所では,出来る範囲で最善のことをやっていくしかないのだ。この状況では,村に薬が届くのが1日遅くなるというデメリットと,ワークショップ準備のためにFさんが朝からオフィスにいてくれるというメリットを比べたら,後者を優先する方がいいし,パンクとか交通事故があるかもしれないことを考えたら,事実上,明日の早朝村との間を往復するなどという危険なプランは容認できない。
そういうわけで,あとは日本人の発表分のプレゼンファイルを資料印刷形式で出力し,プログラムと合わせて印刷するだけになった。問題は,我々3人のうち,誰一人としてプレゼンファイルが完成品になっていないということだ。しかし腹が減っては戦ができないので,まずは前日同様,上海に晩飯を食べに行った。この日の一番の当たりメニューは,モヤシ野菜炒め(写真参照)だった。チャーハンが薄味だったのが残念だが,値段の安さからいっても,メンダナホテルへの近さから行っても,ホニアラでの食事ができる店としては,当分ここが第一選択肢のままだな。
ホテルに戻ってみると,フロントで頼んでおいたクリーニングが仕上がってきていた。常住人口調査の日に物凄い臭いになってしまった靴下も,ちゃんときれいになってきた。さすがメンダナホテルだ。大前先生と山内さんは21:30頃に相次いで仕上がったプレゼンファイルをもってきてくださったので,後は自分の分だけだ。
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Correspondence to: nminato@med.gunma-u.ac.jp.