群馬大学 | 医学部 | サイトトップ | 人類生態学

生態学と環境科学
(ecology and environmental science)

このページは作成途中です。出典を明記すれば自由に引用して構いませんが,随時内容を書き換える可能性があるので,引用日付を明記してください。

Last updated on October 10, 2007 (WED) 15:27 .


生態学も環境科学も新しい学問である。人類生態学という学問は,「外界」すなわち環境に関しては,これら2つの分野に立脚している。もちろん,梅棹ら(1976)の言葉「生態学というのは,生活帯と環境の相互関係を研究する科学である,という表現も許されるであろうが,そうだとすると,環境の問題はじつは生態学の問題なのだ…(中略)…生態学と環境というのは,トピックとしてはおなじである。すくなくとも,環境問題を考えるにあたって,生態学的思考は絶対に必要なのであって,それを無視したのでは,まるでおかしなことになるであろう」を引用するまでもなく,両者は大きく重なっている。ぼくの勝手な理解では,生態学が生物学ベースなのに対して,環境科学はより学際的であって,物理学,化学的なアプローチもあれば,社会学,経済学的なアプローチも含むという語感があるが,そう厳密な違いではない。なお,生態学は英語でEcologyだが,本来のEcologyは決して「環境にやさしい」という意味ではないことに注意されたい。「エコ・ムーヴメント」とか「エコ産業」といった意味もなく「eco-」という接頭辞をつけた環境保護がらみの用語が,いつごろからどのように蔓延ってきたのかという問題は,興味深いトピックではあるが本稿では扱わない。

以下にこれら2つの学問を概説するが,研究者によって捉え方が違うこともあり,これで網羅しているということはできない。文末に代表的な参考文献を載せたので,参考にして欲しい。

1. 生態学について

2001年4月より生態学(講義目次)(高崎経済大学非常勤講義)を作成しているので,そちらも参考にしていただければ,幸いである。

1-1. 生態学とは?

教科書では,「生物の生活様式や相互関係を調べながら,個体もしくは集団の性質について明らかにする学」と書かれていることが多いそうである(片野, 1991)。起源ははっきりしていないが(マッキントッシュ, 1989),個体以上のレベルで,環境と生物のかかわりあいを理解しようという試みには違いない。

といっても,これではあまりに専門的すぎる説明だと思われるので,一般の方にもわかりやすいように噛み砕いてみよう。

生物を理解するためには,さまざまなアプローチが考えられる。たとえば,分子生物学では,生物の体の中身をミクロにミクロに見ていって,体を構成する分子の構造(かたち)や機能(はたらき)を明らかにする。これは,ある意味で現代科学に共通する指向性である要素還元論なので,科学として扱いやすく,したがって現代において生物科学の主流となっている。しかし,生物は何もない真空中でぽっかりと浮かんで生命活動を行っているわけではないし,生体内の分子も他の分子の状態によってかたちやはたらきが変わること(たとえば,鎌形赤血球貧血遺伝子を含むヘモグロビン分子は,赤血球内に酸化的ストレスがかかると変形して機能しなくなってしまう)は普通に起こるわけで,体全体の文脈から切り離したままでは,生命の理解には不十分である。

体全体の文脈の中で生物を捉えるとはどういうことか。大雑把に言えば,生物を生物として,つまり個体を単位として扱うことである。しかし,個体を扱うにはその環境を無視するわけにはいかないので,「生物がその環境中でどのように生存しているか」を研究することになる。さらに,生存を考えると,個体レベルでは寿命があるので,その個体を含む,あるまとまった集団が,世代を経て存続していくことを扱わねばならない。それ故,環境をベースにおいて,ある環境中で生物の集団がどのように振る舞いながら生存しているか,を問うことになる。これが生態学の基本思想である。ここでいう環境にはいろいろなレベルがあって,温度とか湿度とか空気の組成とかいったものから,他個体との相互作用もあるわけだ。他個体といっても同種だけではなく,他種の個体も,食糧としてだったり病原体だったり,関わり方はさまざまであるが,環境を構成する一要素として重要である。

実は,ここで触れたレベルによって,生態学は細分されている。つまり,ある地域にすむ同種の個体の集まりを個体群と呼び,個体群の生存の様子を研究する学問を個体群生態学と呼ぶ。一方,ある地域にすむすべての個体群の集まりを群集と呼び,群集のふるまいを研究するのが群集生態学である。無機的環境まで含めたものが生態系であり,そのふるまいを研究するのは生態系生態学である。

1-2. 生物の分布と相互作用

1-3. 生物の階層性:生物ピラミッド

ここでは,生産者,消費者,食物網,個体数ピラミッド,エネルギーピラミッドなどの基本概念を説明する。

1-4. 遺伝・行動と進化・適応

進化生態学の展開についても,書いておかねばなるまい。

2. 環境科学について

2-1. 環境とは?

生物は真空中に生きているわけではない。必ず,ある自然的条件のもとに生存している。一般に,自然的条件は物理化学的尺度で測定することができ,これをもっとも低レベルな環境と考えることができる。しかし,その物理化学的条件が,生物に与える影響は生物種によって異なるし,その時点でのその生物の状態によっても異なる。これを生物モニタリングによって測定される環境として捉えることができる。さらに,生物から環境への働きかけを考えるなら,生物の意識の中に投影され形作られた環境(個体の生活史上の経験によっても変わってくるし,「社会」によっても変わってくる)というレベルも考えなくてはならない。なぜなら,生物の行動戦略に直接の影響を与えるのはそのレベルだからである。このように,環境は重層構造をもっている概念である。これらを研究する科学を環境科学と呼ぶことができる。

もっとも,この定義は,若干広すぎるかもしれない。環境科学として行われている研究の大半は,物理化学的条件とその生物への影響を実験的あるいは疫学的に調べるものと,ヒトによる環境への影響を評価するものである。この際,何によって影響を評価するか,という点が問題になる。最近ではリスクアセスメントのような定量的かつ包括的な評価法もあるが,究極的な評価軸としては,生存数についての考察を避けて通ることはできない。この意味で,環境科学は人口学を必然的に含むものとなるはずである。環境科学の成立の経緯からか,人口学の重要性が一般に看過されているのは問題と思う。

2-2. 環境の研究方法

調査研究,実験研究,モデル研究のすべてが必要である。相対的にモデル研究が手薄である。

2-3. 環境科学と社会

環境科学の研究成果は実社会への大きなインパクトをもっているし,それを志向している。環境問題の重要性は広く認識されているため,お題目としての「環境科学」を唱えた活動は多いが,科学的にまっとうなものばかりではない。その意味で,環境科学にまじめに取り組んでいる学者が,一般市民への啓蒙活動をきちんとすることは重要である。たとえば,1993年から1997年まで行われた文部省科学研究費「人間地球系」環境研究(研究代表者:安井至)の成果は,一般書として一定の役割を果たしているものと思われる(高月紘編著(1998)「自分の暮らしがわかるエコロジー・テスト」講談社ブルーバックスは,この研究の一環として行われたもので,名称はいただけないが内容は面白い。エコポイント・チェックのCGIプログラムを作ってみたので,関心のある方は試されたい)。



参考文献・推薦文献

  1. BEGON, Michael, John L. HARPER and Colin R. TOWNSEND (1990) Ecology: Individuals, Populations and Communities, 2nd Ed., Blackwell Scientific Publications, Boston: 生態学の優れた教科書である。最近の個体群生態学の展開を取り込んでいる。記載が丁寧で,英語もわかりやすい。用語集,引用文献,索引も充実しているが,全部で945ページというのは通読するにはちょっと長すぎる。
  2. ODUM, Eugene P. (1989) ECOLOGY and our endangered life-support systems, Sinauer Associates Inc. Publishers, Sunderland: 地球生態系ということを強く重視しているのと同時に,2章(生物の階層性),4章(エネルギー論),5章(物質循環)のような基礎的な記述も優れている。昔から生態学の入門テキストとして定評のある「オダム生態学」として邦訳されている,Ecology (Saunders College Publishing, 1963)の著者が,入門書ではなくて(もちろん上述3章は入門書的な意味もあるが),地球生態系の危機に関心をもつ市民に行動指針を与えるべく生態学の原理を書いたものである。その意味で,下記の伊藤さんの本に似たスタンスである。
  3. ロバート・P・マッキントッシュ(大串隆之・井上 弘・曽田貞滋 訳)(1989)「生態学:概念と理論の歴史」思索社: 生態学という茫漠とした学問がどのようにできあがってきたのかを概観しようとするときには便利な本であるが,長すぎるので研究者以外には薦めない。著者自身生態学者であり,フィールドにおける生態学の意味をよくわかっていると思う。文献リストだけで48ページもあり,充実している。しかし,訳者も指摘しているように,おそらくは著者の数学的な弱さによるものと思われるが,個体群生態学と数理生態学の記述が浅いのが欠点である。
  4. 梅棹忠夫・吉良竜夫[編](1976)「生態学入門」(講談社学術文庫): 古い本だが,入門書としては今日的価値を失っていないと思う。
  5. 伊藤嘉昭(1994)「生態学と社会[経済・社会系学生のための生態学入門]」(東海大学出版会): 生態学の,社会における意味を論じている本。文系の学生にもわかるように,数式の扱いが丁寧である。しかし,生態学といっても,著者が動物生態学をずっと研究してきた人であるせいか,植物生態学とかエネルギー生態学とか生態系生態学に関する記載はほとんどない。とはいえ,環境問題が社会問題である以上,本書のような視点で環境問題と生態学をつなぐことは必要である。とくに官僚の方に読んで欲しい。なお,ドーキンスがらみで竹内久美子批判まで書かれているのは,気持ちはわかるが本書の構成には若干そぐわないと思う。
  6. 片野 修(1991)「個性の生態学」(京都大学学術出版会): 個体群生態学の最近の展開を知ることができるのと同時に,若手研究者による優れた謎解き本である。これまで「個体」の「個性」を重視してこなかった生態学において,「個性」を考えにいれてみると何が見えてくるか,ということがカワムツの事例でクリアに示されている第5章が白眉。研究するということのエッセンスがわかる,という意味では,矢原徹一さんの「花の性」(東京大学出版会)に匹敵する。
  7. 栗原 康「有限の生態学」(1975)(岩波新書または同時代ライブラリ): ミクロコズム(フラスコ中の,物質循環に関しては閉鎖,エネルギーフローは開放系の小さな生態系:地球のミニチュアモデルと考えられる)の実験を通して,生態学の本質を鋭く捉えている。生態系生態学的な視座をもった本は希有であるだけに,敢えて推薦した。新書(ぼくが持っているのは380円)の方は長らく絶版だったが,最近同時代ライブラリに入ったので入手しやすくなった。栗原さんは最近東北大学を退官されたらしく,怒濤のように読み物を書いているが,この「有限の生態学」に書かれているミクロコズム研究の経緯は生き生きとしていて,草創期の科学研究として抜群に面白い。
  8. アビゲイル・アリング&マーク・ネルソン(平田明隆 訳)(1996)「バイオスフィア実験生活:史上最大の人工閉鎖生態系での2年間」(講談社ブルーバックス): ヒトを含む生態系の実験的研究としてはほとんど唯一のものである「バイオスフィアII」に住んだ研究者たちの体験談と実験結果が意味するところについての平易な解説書。最大の発見は,二酸化炭素が構造物のコンクリートに吸着されて空気中から減ってしまう(その結果,酸素濃度が当初の目論見より低くなってしまい注入せざるを得なかった),ということである。これにより,大気大循環モデルで「行方不明」とされていた二酸化炭素の行方がわかったといってよいように思う。体験談も面白いので,専門家でなくても楽しめると思う。
  9. 高月 紘・仲上健一・佐々木佳代[編](1996)現代環境論(有斐閣ブックス): この本が出たのは,今ほど環境内分泌攪乱物質が問題視される前である。したがって,環境ホルモンの記載はないが,その分環境問題について広い観点から捉えることができる。下で紹介している「環境と生態系の社会学」とは違って,社会運動についてはあまり取り上げられておらず,社会科学も含めて科学的な記載が主である。市邨学園短期大学助教授・水谷洋一さんの「第8章 クルマ社会を問い直す」のようなことが取り上げられているのはユニークである。こういう視点をもっと重視すべきと思う。第9章で高月さんが取り上げているように,リサイクルは廃棄物発生量を減らすのが肝要であるとか,cost-effectivenessとかいった視点も踏まえ,システムとして環境政策をたてなければならないことがよくわかる。
  10. 市川定夫(1993)「環境学」(藤原書店): 著者が提唱する「環境学」の集大成。宇井 純さんの「公害原論」などでいわれてきたことを踏まえて,公害と環境ということについて,包括的に書いている。ただし,人為的に引き起こされた「環境問題」が主題なので,「環境学」という名前は若干誤解を招くかもしれない。オゾン層の破壊とか核問題とか化学物質による環境汚染とか変異原性とか,およそ公害問題あるいは地球規模の環境問題と呼ばれるものは網羅している。ただし,当然のことながら,発表後に話題になった環境内分泌攪乱物質への言及はあまり詳しくない(ホルモン様作用については書かれていなくて,変異原性物質として有機スズなどについて触れられているだけ)。1994年に第2版,1999年に第3版が出て増補改訂されている。(補足:横浜国立大学の大矢さんによる批判に端的に表れているように,市川さんの主張はイデオロギー的な側面がかなりあって,時として科学的厳密さが犠牲にされている記述もある。それでもなお,「環境問題〜公害問題」を通観している点で,本書には意味があると思う)
  11. シーア・コルボーン,養老孟司,高杉 暹,田辺信介,井口泰泉,堀口敏宏,森 千里,香山不二雄,椎葉茂樹,戸高恵美子(1998)「よくわかる環境ホルモン学」(環境新聞社): 1998年に出たたくさんの「環境ホルモン」本の中では,井口泰泉氏監修の「環境ホルモンの恐怖」と並んで薦められる。森 千里氏の疫学研究の文献についての引用の仕方は相変わらずまずいが,この本では「科学」や「化学」の7月号と違って,精子形成のメカニズムについての記載が充実しているので救われる。養老先生の見方は相変わらず辛辣でありかつユニークである。
  12. 井上 俊,上野千鶴子,大澤真幸,見田宗介,吉見俊哉[編](1996)「環境と生態系の社会学」(岩波書店): 環境社会学,環境経済学の総説集。とはいえ,科学的な記載よりも,むしろ社会における環境問題のインパクトや社会運動の歴史や意味を紹介しているものである。上で紹介した「環境学」の市川さんも書いている。
  13. 島津康男(1983)「国土学への道」(名古屋大学出版会): 既に15年も前に出た本なのに,内容が古くないのに驚く。著者は「国土学」という新しい名前をつけているが,やっていることは,人間化された生態系における生態学・環境科学であり,しかも予測に重点をおいているので,人類生態学と大きく重なった学問である。人類生態学が(少なくとも従来は)徹頭徹尾ボトムアップなのに対して,国土学ではシステム論的なアプローチに特徴がある。最近騒がれている「危機管理」を本気でするつもりが政府にあるなら,大学教育で「国土学」をもっと重視すればよいのだ。
  14. 松田裕之(2000)「環境生態学序説」(共立出版,税別2800円,ISBN4-320-05567-5): (書評)生態学や環境科学の講義のサブテキストとして使うのに大変便利な本であり,とくに現実の事例紹介と問題提起がすばらしい。また,生態学の考え方を数理模型を使ってクリアに説明している点と,参考になる多数のURLを紹介している点も買える。著者自身によってこの本のフォローのためのサイトも提供されているので,是非参照されたい。問題提起の部分は,環境生態学Questions and Debatesとかいうページを作って掲示板形式で議論したら面白いかもしれない。