Top
個別メモ
Latest update on 2012年3月5日 (月) at 10:54:46.
【第1277回】 オセアニア学会1日目(2009年3月19日)
- 5:50にPHSの目覚ましで起きた。普段よりも良く眠れたくらい熟睡した。着替えたりコンピュータで作業をしていたら岡山に着いた。これから新幹線に乗り換えて小倉に向かう。岡山駅で買った弁当も食べ終わったので気合いを入れてプレゼン作りをしよう。
- 小倉に着く直前でプレゼンが完成した。素晴らしい効率だ。まあ,本当はもっと凝って作図するべきなんだけれども,とりあえず完成させておくことは大事だ。後で間に合えば図だけ入れ替えればいいのだし。というわけで,小倉からのにちりんシーガイア7号でも作図(というかRのコーディング)。
- しょこたんは下手じゃないんだが,「そばかす」の歌詞をああいう歌い方で歌われると,まるっきりアニメソングで,キャンディ・キャンディか小公女が出てきそうな絵が浮かんでしまってダメだ。「そばかす」は好きな歌なんで,ここはひとつ,チャットモンチーに演って欲しかったところ。それにしてもミドリ「ミュージックファイター」のアバンギャルドでノイジーな音の洪水は,ただの不協和音寸前の絶妙なバランスで凄い。他の曲も普通にいいなあ。これは買ってよかった。
- Rのコーディングは簡単にできたし,Impressへの貼り込みも簡単だった。既にサイズ調整済みの図を選択しておいてから,挿入→図→ファイルから,で新しい図を読み込むと,サイズも勝手に合わせてくれた。素晴らしい。おかげで,9:15には図の直しもおわった。
- ほぼ時間通りに会場に着き,新評議員会で,情報化担当理事に再びなった。まあ自分に関しては肩書きが幹事から理事に変わっただけで,やることは変わらないが。他の理事はかなり大きく変わった。庶務と会計を新たに引き受けてくださったお二方は大変だと思う。その後の会議はまあ平穏無事。北海道のY君が学会賞を受賞することになったのはめでたい。
- ほどなく13:00となって,一般発表が始まった。最初はヴァヌアツのフツナ島という隆起サンゴ礁の島での地域の伝統を大事にした開発事例で,島内向けにも魚を売るというアイディアが村人側から出てきたのが,販売機会の平等を確保するためと解釈されるというのは面白い。公平性ではなくて,家単位の平等性が重視されるという理由は何なのだろうか。2番目はフィリピンのウツボ筌漁の話だった。3番目はタロが連作されない理由が,住民の語りレベルでは,焼畑で火を入れてすぐの肥沃な土壌でないとタロが良くできないということが広く受け入れられているが,科学的には肥沃度だけでは説明できない連作障害というものがあるのではなかろうかという話だった。けれども連作障害のメカニズムが実は諸説あってはっきりしないということだったので,微量元素欠乏かもしれないと思って質問したら,日本で多く実験されてきたので,微量元素欠乏などではないと思われるというお答えであった。しかし,最近の医療における経管栄養とか中心静脈栄養とかの研究でも,実はZnが足りなかったんじゃないかとか,Seが足りなかったんじゃないかというような話がされているわけだから,農学ですべての元素が検討されているとも思えず,微量元素欠乏仮説はありうるんじゃないかと思った。研究は簡単で,連作した作物(あるいは葉とか)を灰化して,ICP-MSとかで多元素同時分析すればいい。しかしこれは本当に簡単にできるはずなので,誰かやっているに違いなく,そうするとやっぱり微量元素欠乏原因の可能性はないのかも。
- 4番目の発表はポスト・ラピタの話で,考古学の難しさの片鱗がわかった。これまで安直に「ラピタ式由来」と捉えられてきた土器が,本当にそうなのかを疑う必要性というのは,よくわかった。体系学とGISを組み合わせて何とかアプローチできないだろうか。メラネシア考古学という言葉を作ったのは,東南アジア考古学との整合性を重視したいと考えたとのこと。5番目の発表はオセアニアにおけるユネスコ世界遺産の動向というタイトルで,2008年にオセアニア島嶼国の文化遺産部門で「クックの初期農耕遺跡」「首長ロイ・マタの地」が登録されたことをユネスコ世界遺産についての国際的な流れの中で位置づけたものであった。地域ごとの登録数格差を解消したいという狙いはわからないでもないが,目に見える文化遺産(として残っているもの)は偏在しているから難しいんだろうなあ。そうした中で,文化的景観というもの(棚田とか)が取り上げられるようになってきたことは大きいのだそうだ。ちなみに文化的景観は,無形遺産(歌舞伎とか)と連動しているとのこと。イースター島はチリなので南米のカテゴリ,ニューカレドニアはヨーロッパ・北米のカテゴリになっているとは驚いた。この発表については,発表の中身以上に座長の突っ込みが素晴らしかった。6番目は海洋博公園と海洋文化館の現状紹介と,沖縄海洋文化館に収蔵されているタヒチ型ダブルカヌーを30年ぶりに調査したという話だった。
- ここの休み時間で妻に電話をしたら,息子は第一志望の高校に受かったとのことで一安心した。
- その後,大島襄二先生のオセアニア学の歴史についての特別講演,総会と続いた。総会はとくに何の問題もなく終わった。今回の大会事務局をやってくださっている北九州大の竹川さんから,川端の『エピデミック』を読んだという話を聞いた。『イルカとぼくらの微妙な関係』から気にして読んでいるのだそうだ。二人を会わせてみたいなあ。
- 今年の懇親会は,座敷ではなく椅子席だったし,毎年恒例となっている自己紹介もなかったので,落ち着いて飲み食いできた。まあ,あの自己紹介も最初は良かったが,多少マンネリになってきていたので,たまには無くてもよかろう。風呂に入ってから行った二次会では,ベルギービールが出てきた。今回は,飲み物も食べ物も質が高かったと思う。もっと喋っていたかったのだが,一休みと思って部屋に戻ったらそのまま眠ってしまった。体力不足。
▼前【1276】(今日も昨日と同じ(2009年3月18日)
) ▲次【1278】(オセアニア学会2日目が終わって長野へ帰る(2009年3月20日)
) ●Top
△Read/Write COMMENTS
Notice to cite or link here | [TOP PAGE]