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豚や鳥がリザーバーになりうるのだから,これだけだと証拠として弱いんじゃないかと思っていたが,いつの間に「定説」に昇格したのだろうか? 調べてみたら,(確かに定説,少なくとも通説といえるくらいには論文でもニュースメディアでも扱われているようだが,)多くの人から引用されているのは,New England Journal of Medicineの2009年7月16日号に掲載された,Zimmer SMとBurke DSのレビュー論文"Historical Perspective ― Emergence of Influenza A (H1N1) Viruses" N Engl J Med 2009; 361: 279-85の次の記述だった。(……前略……)すると,前回のパンデミックと同様,それまで一大勢力だったH2N2亜型は駆逐されて,地球上から消え去ってしまった。なぜ,新型インフルエンザが大流行すると,それまで勢いのあったウイルスが消えてしまうのかは,科学的に解明されていない。
1977年,不思議なことに,1950年代に流行していたH1N1亜型ウイルスが突如として復活する。H1N1亜型ウイルスは,1957年に誕生したH2N2亜型ウイルスによって一掃されたはずであった。二十数年前のウイルスが突如として復活することは,ウイルス学的にも考えにくく,実験施設などで保管していたウイルスが流出した可能性が高いといわれている。このH1N1亜型ウイルスは,H3N2型に駆逐されることもなく,「ソ連型」という季節性インフルエンザとして定着し,四十年以上にわたって毎年流行を繰り返してきた。
実際に遺伝子配列を比べたのは文献30のVirology 1978; 89: 613-7.だが,その前後に流行したウイルス亜型とは似ておらず,1950年に流行したウイルス亜型とは酷似しているという点から,27年間も自然界で感染サイクルを経てきたものとは考えにくい(もしそうなら多少は自然に変異を蓄積するはずだから)という論理は説得力がある。ただし,Wertheim JO (2010) "The Re-Emergence of H1N1 Influenza Virus in 1977: A Cautionary Tale for Estimating Divergence Times Using Biologically Unrealistic Sampling Dates." PLoS One 2010; 5(6): e11184で指摘されているように,旧ソ連,香港,中国で再流行が発見された1977年11月より,ほぼ1年前から流行が始まっていたはずだから,流出が起こったラボの場所がどこかという特定はできない,という主張にも説得力があるので,進藤さんの著書中の書き方としては,「ある国で」よりも「どことは特定できないが」の方が良かったのではないかと思う。Even though human influenza A (H1N1) virus had not circulated since 1957 and the swine influenza A (H1N1) virus that had been identified at Fort Dix did not extend outside the base, in November 1977, the H1N1 strain reemerged in the former Soviet Union, Hong Kong, and north-eastern China. This strain affected primarily young people in a relatively mild presentation [18, 30]. Careful study of the genetic origin of the virus showed that it was closely related to a 1950 strain but dissimilar to influenza A (H1N1) strains from both 1947 and 1957. This findings suggested that the 1977 outbreak strain had been preserved since 1950 [30]. The reemergence was probably an accidental release from a laboratory source in the setting of waning population immunity to H1 and N1 antigens [19, 31].
(適当に抄訳すると,次の通り。ヒトインフルエンザウイルスA (H1N1)は,1957年以降ヒトの間で循環していなかったし,1976年のフォート・ディックスで同定されたブタ由来インフルエンザウイルスA (H1N1)は基地の外に広まらなかったけれども,1977年11月に,旧ソ連,香港,中国でH1N1亜型が再流行した。この亜型は主に若者に,比較的軽い症状をもたらした[文献18, 30]。このウイルスの遺伝的起源を注意深く研究した結果,1950年のH1N1亜型に密接な関係があるけれども,1947年や1957年のH1N1亜型とはどちらとも似ていないことが示された。この発見は,1977年にアウトブレイクをもたらしたH1N1亜型が1950年から保存されてきたものであることを示唆する[文献30]。再流行を起こしたウイルスは,おそらくH1抗原やN1抗原への集団免疫が弱くなっていた状況で,実験室から事故によって放出されたものだった。)
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