山口県立大学 | 看護学部 | 中澤 港 | 公衆衛生学

公衆衛生学−3.地域保健

参照

▼テキスト第5章

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内容

地域とは何か
▼地域社会(community)=地理的環境の共有+共同体感覚=「一定の環境や特徴を共有する人々の集まり」
(注)社会学では,もう少し厳密な定義がある(学派によって多少の違いはあるが)。社会学で地域社会といえば,「目的をもって集まったのではなく,居住地域を共通にすることによって生態学的な関係を生じた住民の地縁社会」をいうものであり,社会集団,即ち「一定の目的のために人間が組織するもので,家族,仲間集団,学校,企業,官庁,政党,その他さまざまな団体や自発的結社がこれに属し,その最大のものが国家」と交差する分析軸である。社会学でいう地域社会は都市と村落に分かれ,国民社会がその最大のものである。国家と国民社会は別物である。ちなみに社会の定義は,複数の人々の集まりで,(a)成員相互の間に相互行為ないしコミュニケーション行為による意思疎通が行われていること,(b)それらの相互行為ないしコミュニケーション行為が持続的に行われることによって社会関係が形成されていること,(c)それらの人々がなんらかの度合いにおいてオーガナイズされていること,(d)成員と非成員とを区別する境界が確定していること,という4つの条件を満たすもの,とされる。複数の人々の集まりでもこの4条件を満たさないものは「準社会」とされる。(出典:富永健一「社会学講義」中公新書,1995年)
▼保健活動の際に「地域」が重要な理由:(1)共通の環境条件が健康問題の発生・発現に大きく関与,(2)健康問題の解決に必要な資源・行動規範等が,その地域のあり方によって大きく規定される(「健康」自体が地域の文脈に大きく依存している概念)
▼いくら保健サービスをシステムとして整備しても,地域の事情によっては利用されないので,地域に合った保健活動が必要。
地域の区分
▼さまざまな定義があるが,現実には,(1)近隣,集落等の小地域(地区レベル),(2)県・保健所管轄区,市区町村などの行政区域,(3)医療圏,通勤・通学圏など生活行動圏,(4)離島・山村などの僻地,に区分されることが多い。もちろん,これらは完全に異なるというよりも重なり合っている。
(1)近隣,集落等の小地域(地区レベル):字,自治会など行政の末端組織として機能している最小単位。組織が良く機能している地域もあれば,大都市など機能していない地域もある。
(2)県・保健所管轄区,市区町村などの行政区域:政策実施の単位。首長が方針決定権をもつ。地域保健法制定後重要性が増した。
(3)医療圏,通勤・通学圏など生活行動圏:生活の場としての地域。上水水質など広域の問題もあるので,(2)より広い単位での政策が立てられる必要がある場合もある。
(4)離島・山村などの僻地:問題が多く,それが地域特性によって異なる(→映像資料参照)。
地域特性とその指標(テキスト第5章,表5-1,p.171)
▼地域特性を把握するための指標:自然環境,人口特性,産業・経済,行政・財政,交通・通信,生活環境,労働環境,教育・学習環境,生活・文化,住民の意識・要望・要求など。
▼健康問題を把握するための指標:人口動態,死因統計,疾病の状況,医療費の状況,予防接種状況,在宅ケアの状況,等々。
▼地域で利用できる社会資本:保健医療機関,福祉関係機関,教育関係機関,自治会等の地区組織,保健推進員,民生委員,市民団体,種々のサービス等。
▼以上のような指標を調べ(場合によっては質的研究も組み合わせて),地域特性を把握することが必要である。
地域保健の特徴と展開
▼地域保健:総合保健(comprehensive health care)/包括医療(comprehensive medicine)的な考え方。地域住民がその生活基盤の中で自らの健康の保持増進を図れるように必要な保健技術を地域社会に見合った形で組織的に提供し,その健康生活を支援していく一連の活動過程。1960年代以降,世界的に提唱されてきた。1978年には日本での「国民健康づくり」提唱(→市町村保健センター設置)とWHOのアルマ・アタ宣言(プライマリヘルスケア提唱)が同時に起こった。1985年医療法改正(→都道府県に医療計画策定義務),1986年オタワ宣言(→ヘルスプロモーション:住民参加による健康な町づくり),市町村に1993年度までに老人福祉計画策定義務,2000年から「健康日本21」
▼地域保健展開上の留意点:(1)特定集団(aggregate)〜ハイリスクグループへのケアか,集団全体の底上げ(Population strategy)か? (2)一人一人の健康問題は地域社会共通の問題という認識に基づいた働きかけの重要性,(3)対象者の参加に際し,その人たちが地域で生活していることを認識することの重要性,(4)地域社会の慣習そのものを変えることの強力さ(Lewinの実験によりグループディスカッションの有効性認識),(5)地域社会に権限を与え,住民自身の自己解決能力を養うこと(エンパワーメント)の重要性。
▼地域保健活動の内容:公衆衛生活動のうち,産業保健と学校保健以外の部分。保健所法下では拠点は保健所。その後,市町村の役割の重要性がクローズアップされ,市町村保健センターが整備。その流れの仕上げが1994年の地域保健法(http://www.houko.com/00/01/S22/101.HTM)制定。保健所の現在の事業の内容は地域保健法の第6条と第7条に定められた18項目で,地域保健活動がほぼ網羅されているといえる(テキスト第5章・表5-2,p.176)
▼地域保健活動の分類:規制行政的活動と給付行政的活動に大別できる。前者は公共の福祉の観点から個人や法人の活動を規制するもので,専ら行政機関により行われれる。飲食店の経営に都道府県知事の許可が必要であることを食品衛生法が定めていることなど。後者は地域住民に対するサービスの提供で,行政機関のみならずNGOやNPOによっても行われる。健診など。別の視点から,対人保健活動と対物保健活動に大別することもできる。前者は住民を直接対象とするもので市区町村レベルできめ細かな対応が求められるので地域保健センターがコアとなり,後者はそれ以外を対象とし,環境対策など大規模な対策が必要なことが多いので都道府県単位で保健所がコアとなる。
地域保健活動への公の責任としての行政のコミットの必要性を支持する経済理論
▼外部経済効果:直接的利益のみならず間接的利益があること。例えば予防接種は受けた人を疾病から守るだけでなく,疾病の蔓延を防ぐことで受けていない人も疾病から守る。
▼外部不経済効果:直接的利益が間接的不利益を産むこと。例えば公害は発生源企業が対策しないと,その企業は費用を節約できるが,周辺住民が公害による健康被害を受け,不利益を蒙る。
▼検診などは,初期投資が膨大なために市場経済では参入障壁がある事業である。
▼公共財:健康教育など,住民がいつでも自由に利用でき,経費を払わなくても利用から排除されないものをいう。市場経済では供給されない。
▼メリット財:老人保健法による検診など,市場経済でも供給されるが国家的見地から政府が供給すべきもの。
地域保健活動の進め方
▼Plan-Do-See:計画を策定し,実行し,評価し,次の計画を策定し,と続く。
▼策定は住民のニーズに基づく。ニーズは単なるデマンド(需要)ではなく,専門的見地からの必要性を意味する。場合によってはニーズをデマンドにするための健康教育も必要(この考え方は傲慢かもしれないので,注意が必要)。統計に基づいてニーズに優先順位をつけ,費用対効果や費用対便益を考慮して,順番に実施する。
▼実施の際は,計画に忠実に行うことと臨機応変の柔軟な対応の両方が必要。
▼評価は重要だが難しい。統計によるが,有意でなくても期間が足りないだけの場合もある。
▼今後の課題はシステム化
都市環境における地域保健
▼都市住民は通常,消費者であり(注:キューバの首都における都市有機農業のような例外もある),消費者特有の保健活動を展開する。消費者運動と呼ばれる。消費者クラブ活動,エコマークなど。
▼消費者の健康被害:ペニシリン事件,サリドマイド事件,薬害エイズ事件など。1968年「消費者保護基本法」,1994年「製造物責任法(PL法)」による消費者保護。
▼都市化への対応としての健康都市:環境問題の多くは都市の問題から発しているので,健康都市事業としてその克服が図られた。1994年「環境基本法」で国と地方公共団体の両方が環境計画策定が義務付けられた。

Correspondence to: minato@ypu.jp.

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