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公衆衛生学−12.人間と環境

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▼テキスト第4章,大塚ら「人類生態学」(東京大学出版会)
▼公衆衛生学全体の基礎となるであろう,人間と環境の話

内容

環境
●生物(organism)にとっての環境(environment)とは,それ自身を取り巻くすべてのものをいう。環境は生物的環境(他の生物)と非生物的環境(温度,降水量,土壌中化学成分など物理化学的条件)がある。生物は環境から資源を取り出し利用することで生命活動を行う。逆に見れば生物が生命活動を行うことで環境を改変する。中でも人間は,その環境改変能力が大きいことが特異的である。
●環境から人間への働きかけを環境作用,人間から環境への働きかけを環境形成作用と呼ぶ。これらを1つのシステムとしてみるとき,host-environmental systemと呼ぶ。
●人間の環境を生活の場(habitat),生活の資源(resource),環境要因(environmental factor)の3つに分けてそれぞれを捉えるという把握は鈴木庄亮が提示したものであり,他にも把握の方法はある。人類生態学は人間と環境の相互作用をシステムとして捉える学問であるが,例えば鈴木継美「人類生態学の方法」(東京大学出版会)では,言語,技術,社会組織を通じての人間と環境の相互作用というフレームが示されている。つまり,テキストに生活の場の例として挙げられている家庭,学校,職場,公共諸施設,輸送機関,といったものは,環境そのものではなく,環境と人間をつなぐ技術や社会組織という捉え方をすることも可能である。
●人間が環境を変化させるのに伴って,当然,環境から人間への働きかけも変わってくるので,病気や健康の質も変化する。また,個体群レベルでみれば,人口規模の影響も大きい。
地球生態系
●生物圏(biosphere)は,地圏(geosphere),水圏(hydrosphere),気圏(atmosphere)の接点に存在する。ほとんどの生物は,土壌,大気,水のすべてを必要とするからである。
●地圏:地球は半径約6400kmの球体(やや歪んでいる)。中心部の半径約1000kmの部分は固体。その外側の約2000 kmはニッケルや鉄が溶けた高比重の液体。その外側約3000kmはマントル(マグネシウムや鉄に富む岩石)で,ゆっくり対流している。その上に厚さ5 km〜60 kmの(海洋底で薄い)地殻がある。地殻の成分はアルミニウムや二酸化珪素などが主である。地殻は海洋底でマントルが上昇してきたところで形成され東西にゆっくり(毎年数センチメートル)移動する。逆にマントルが沈み込むところは火山帯になり,ミネラルに富んだ溶岩を地上に吐き出すので土壌が肥沃になる(日本列島など)
●気圏:海抜13 kmまでを対流圏,その上の17〜30 kmの層を成層圏という。現在の窒素4:酸素1という大気の組成は,植物を中心とした生物の環境形成作用の産物である。
●水圏:地球上の水のある部分。97.5%は海洋にある。真水は2.5%のみ。真水の70.2%は極地の永久氷,29.3%は地下水(湖沼,土壌水,水蒸気,河川,動植物水として存在するのは,真水の0.5%のみ)。
生態系の成り立ち
●生態学(ecology)は「生物の分布と豊富さを決める相互作用の研究」(Krebs,1972)であるが,個体,個体群(同種の生物の集まり),群集(複数の個体群からなる)という3つの水準で扱うのが普通である(Begon/Harper/Townsend,1990)。
●個体(organism)レベルでは:どのように個体がその生物的あるいは非生物的な環境によって影響されるか,そしてまた,それらに影響を与えるかを扱う。
●個体群(population)レベルでは:特定の種の存在あるいは不在,その種が豊富か稀か,その個体数の変化の傾向や変動を扱う/2つのアプローチ=まず個体の属性を扱い,それからこれらがどのように結合して個体群の特徴を決定しているのかを考える vs 直接個体群の特徴を扱い,それからその諸側面を環境と結びつける(※頻度と分布を調べるという点で,疫学との類似性に注意)
●群集(community)レベルでは:群集の成分あるいは構造を扱い,それから群集がどのようなエネルギー,栄養素,他の化学物質の経路を通るのか(群集の機能)を扱う/2つのアプローチ=その群集を構成する個体群を考えることでパタンやプロセスの理解を追求 vs 直接群集自体の性質(種多様性,バイオマスの産生速度など)を観察
●人間を含む生態系の中で健康影響を捉える場合,自然界の個体,個体群,群集だけでなく,人工の環境や,人間の影響を受けた環境や,人間の自然への影響(環境汚染や地球温暖化など)も扱わねばならない。生態系内の物質循環(material cycle)とエネルギーフロー(energy flow)を把握することが重要だが,環境保健の中ではとくに生態毒性学(ecotoxicology)と呼ばれる分野の研究が盛んに行われてきた(例えば,水俣病発生地域内で,いろいろな生物体内の水銀濃度を調べて,どのような経路で水銀が生物から生物へ移行してヒトや猫に神経症状を起こさせたのかということや,五大湖周辺でDDTについていろいろな生物体内での濃度を調べたものなど)。もちろん,毒物ばかりでなく,窒素循環や炭素循環など,どの生物にも存在するような元素の循環を調べる研究もある(かつてはCNコーダーという機械がよく使われていたが,現在では安定同位体組成の分析をするために質量分析計も使われる)。
環境汚染から地球環境問題へ
●産業革命以降,人間の環境形成作用が過大になり,自然生態系の物質循環を破壊したときに環境汚染や公害問題が起こってきた。日本では1960年代からの高度経済成長期には重化学工業が盛んになったため,各地で公害病が起こった。1967年に公害対策基本法ができ,1972年に汚染物質排出規制がなされたため,目に見える公害問題は下火になってきた。が,それに代わるように地球規模の環境問題が20世紀末からクローズアップされだした。ここではいくつかの問題を例示する。
森林減少
▼現状
▼原因
▼影響
▼対策
オゾンホール
●オゾンは酸素に紫外線があたると形成される。対流圏においてはオゾンは毒物だが,成層圏におけるオゾン層は紫外線を吸収し地表の生物を守るのに重要である。1970年代に南極付近のオゾン層が薄くなっていることがわかり,オゾンホールと名づけられた。その後拡大したので大問題になった。フロンガスがオゾンを分解したのが原因だったので,特定フロンの生産は段階的に禁止されたが,既に使われているものがあるので,簡単には問題解決しないと思われる。皮膚がんの増加が懸念されている。
地球温暖化
●生物としての人間が消費するエネルギー(熱量)は,せいぜい2000〜3000キロカロリーであるが,現在の先進国に居住する人は,平均して23万キロカロリーを消費している。文明のために消費されるエネルギーの多くは石油などの廉価な化石燃料によっていたため,二酸化炭素濃度が急増した。現在の二酸化炭素濃度レベル自体は過去にもあった水準だが,増加速度が急速なのが問題である。二酸化炭素は温室効果ガスのひとつで,地球から放射される赤外線を吸収するので気温を上昇させる。温室効果ガスには二酸化炭素のほか,メタン,フロン,亜酸化窒素なども含まれ,これらも増加しているが二酸化炭素が半分以上を占める。温室効果ガスの増加に伴う海面上昇も問題で,水没してしまう国もある。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)で現状調査と将来予測と対策が協議されている。COP(気候変動枠組み条約)の京都議定書のような取り組みも行われているが,可能かどうかはわからない。日常生活への影響が大きいので,政府レベルではなかなか抜本的な対策はとりにくい。地球温暖化対策「長野モデル」(http://homepage2.nifty.com/copernicus/naganomodelmokuji.htm)のような提言を地方レベルでしていくのが重要と思われる。

Correspondence to: minato@ypu.jp.

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