最終更新:2013年12月16日
まだざっと読んだだけなので,後で加筆修正するかもしれないが,とりあえず。
本書は,前著『医学と仮説』と違って,話をやたらに広げすぎず,無理にくだけた表現にしすぎず,日本の医学の世界では軽視されがちな疫学の重要性を,歴史的研究から始まって最近の高血圧治療薬研究の丸投げ捏造問題に至るまで,豊富な例を挙げて明確に指摘した本だと思う。文献もきちんと挙げられている。臨床医もエビデンスが疫学によって生み出されることをもっと認識すべきという主張にも共感する。
ただし,教員の総数が決められている中で疫学を教えられる教員を新規採用し,カリキュラム上もきちんと時間をとって疫学を教えるような英断をする医学科がいくつあるだろうか? と考えると見通しは明るくないと思う。榎木さんの本の感想にも書いたが,疫学や公衆衛生学をきちんと知っておかなくてはいけないのは,臨床医以上に厚生労働省の医系技官だと思うので,本書p.185「医学情報を整理するための研究室を各大学医学部が持っても良いと思う。アメリカでは医学部から分離した公衆衛生大学院がそれを担っている。保健医療問題を抱えるのは臨床だけではないのだ」にも共感する。少し補足すると,アメリカでは医学も公衆衛生学も並立する大学院(Medical SchoolとSchool of Public Health)で,学部を卒業した後で入学するのだけれども,公衆衛生学大学院にはCEPHという組織が定めたコア・カリキュラムがあって,生物統計学,疫学,環境保健学,保健サービス管理学,社会科学と行動科学を5つの柱として教育することになっている(看護2年に教えている公衆衛生学の第1回講義資料参照)ので,まさに津田さんが指摘するニーズを満たすのが公衆衛生学大学院での教育になる。
だから,以前から何度も書いているように,まだ日本では数えるほどしかその課程をもっている大学がないのだけれども,厚生労働省の医系技官の採用枠を「医師又は歯科医師」に限定しているのを止めて,公衆衛生学修士(MPH)/公衆衛生学博士(DPH)取得者にも開放したらいいと思う。本書を読んで,環境省も公害や健康問題を扱う部局には一定数のMPHかDPH取得者を採用することにすべきと思った。たぶん,そうした改革を実現するためには世論を盛り上げるしかないので(悲しいが内発的には絶対に起こらないと思う),本書を世間一般の人が読んで,政治を動かしてくれたらいいなあ,と思う。
なお,あとがきの,「医学部や保健医療系の学部では,建前では人間を目標としつつも,人間を対象とした医学の方法論についての講義も研究もまともになされていない。臨床で必要とされている知識や,社会で起こる保健医療問題に関する知識は日本の大学医学部では得られないのである」は言い過ぎ。津田さんだってそうだと思うが,医学部で疫学や公衆衛生学の研究や教育を真剣にやっている人はいないわけではない。ただ絶対的に足りないので,「十分にはなされていない」とか「得にくいのである」なら正しいと思うが,こうやって断言してしまうから津田さんには敵が増えるのだろう。
【2013年12月16日】