最終更新:August 21, 2016 (Sun)
東京出張の折,八重洲ブックセンターを覗いてみたら,サイン本が入口そばの平台の上に並んでいたのが目に入ったので買ってしまった。長年の友人でありながら川端君のサインは初めて見たと思うが,これはそうと知っていなければサインとわからないなあ。しかし「宙へ」という花押みたいな印は格好良い。
さて内容だが,種子島がモデルであることが丸わかりだが何故か「多根島」という仮名になっている島を舞台にして,その濃密な亜熱帯の自然を丁寧に描きつつ,JAXAがモデルであることが丸わかりなJSAという団体のエンジニアなのに広報担当として島にいる若干屈折した青年や,山村留学みたいな形で「宇宙遊学」中の小学生たち(北海道から来た宇宙マニアと東京から来た生き物好きという6年生少年2人と,フランス帰りでウィンドサーフィンが上手い5年生少女ら),地元の快活6年生少女とJSAで働いているその従姉,物語の主要視点の語り手でもある生き物好き少年の里親となった川漁師夫妻,少年少女が通う小学校の一癖ありそうな校長や歴女担任教師といった人たちがいろいろな思惑をもって動きつつ,その世界線の交点でロケットが打ち上がったり,秘密基地での事件が起こったり,「鯉くみ」があったり,精霊みたいなモノが出てきたり,黒砂糖を燃料とした模型ロケットを作って,「宇宙観光協会」主催の「ロケコン」に参加してみたり,ウミガメの産卵があったり,と例によって盛りだくさんな物語である。
本書は「春夏篇」なので,おそらく「秋冬篇」で宇宙遊学が完結するまでの1年間を描くのであろうし,後半にクライマックスがあるのだと思うが,丁寧に描かれる自然描写が大変良く,こんな時期に読むと南の島に行きたくて堪らなくなるのであった。小学校長が唱える「ガッカチチウ」という謎の(物語の中でちゃんと説明されているが)スローガンは,『川の名前』辺りから通奏低音のように川端作品に流れている思想が色濃く出ている部分で,ぼくはこの世界観には強く共感する。なお,たいした問題ではないが,一つだけ誤植を見つけたのでメモしておく(p.154「世界中に人口衛星の……」は「世界中に人工衛星の……」の誤植だろう)。
春夏篇も後半に入って話はどんどん展開し,語り手の駆君を含む限られた人にだけ見える白影というくだりは雲の一族を思わせるし,川端君の小説デビュー作だった『夏のロケット』の舞台となった世界との関連を匂わせるエピソードも出てくるし,『てのひらの中の宇宙』や『星と半月の海』を思い出させる哀しいエピソードも出てくるし,果ては小松英一郎さんとの共著『宇宙の始まり、そして終わり』で語られていたマイクロ波による宇宙背景放射観測の話まで出てくるなど,ある意味,これまでの川端君のフィクション・ノンフィクションを通じた作品世界の集大成のような気がした(もっとも,疫学も恐竜もネット犯罪も金融工学もソングラインも声優も数学もサッカーも動物園も出てこないから,完全な集大成とはとてもいえないのだが……しかし,こうやって並べてみると,改めて川端作品の多様さには驚くなあ)。実は『秋冬篇』も8月上旬には発売されるとのことなので,続きを読むのが楽しみだ。
【以上,2016年7月31日,2016年7月23-24日の鵯記より収録】
何よりもまず,春夏篇に続き自然描写とロケット絡みの描写が素晴らしかった。
『夏のロケット』と負けず劣らずのワクワク感ある内容で(近未来の話だが,何せ小学生が深宇宙に向かう宇宙機を作って打ち上げてしまおうというのだ),宇宙探検隊の小学生4人組はメチャクチャにキラキラしている。新しいことをやろうとしたときに失敗を恐れて(というよりは責任を取ることを恐れて)抵抗勢力になろうとする「大人」の壁とのしなやかな戦い方も素晴らしい。
ただ,かつて『夏のロケット』を読んだときに「混ぜてくれよー」と思ったほどには没入できなかった。これは主に読者としてのぼくが年を取って,既に自分の子どもも成人してしまったからで,たぶん10年前に読んだら,より楽しめたに違いない。逆に言うと,ぼくと同じように年を取りながら,昔と変わらないワクワク感や少年の眼差しを持ち続けている川端君は凄いなあと思った。
この近未来SFが現実性をもって成立するための仕掛けとして,4人組は誰もがそこらにはいないよなあと思われる才能をもっているのだが,中でも最も宇宙人的な本郷周太君の,リアクションホイール(注:自転車タイヤを使ったモデルで説明したという描写だけでは宇宙ゴマ……って地球ゴマだよな……の原理はよくわからない読者が多いと思うが,Wikipediaの説明が詳しくて,それを読んだら何となく宇宙船で姿勢制御に使える仕組みがわかった)4つを協調動作させて自律的にリアルタイム姿勢制御させるコードを自力で書いてしまったという天才っぷりは,あまりに凄すぎるのではなかろうか。リアルタイム制御のための,かなりハードウェアよりな割り込み制御とか低レベルなハードウェア操作をコーディングしないと(それが簡単にできるAIモジュールが汎用化された言語がどこかの天才によって開発されていて,その言語を使って書いているみたいな裏設定があるのかもしれないが),普通は無理だよなあ。まあそれだけの天才だから世界中の注目を浴びるという後日談の描写もあるので(秋冬篇だから宇宙遊学が終わる3月の小学校卒業で話が終わるかと思ったら,半年後,1年半後,3年ちょっと後がフォローされていて,これがまた良いのだった),物語としては筋が通っているが。
まあそういうわけで,普通に読んでも楽しめる作品だと思うが,蛇足ながら,以下細かいところにいくつか触れておきたい(本書を未読の方は見ない方が良いと思う)。
- p.27の「島の小学生、ロケット・ガールズ・アンド・ア・ボーイ」は,『スウィング・ガール』へのオマージュか。
- p.69の「この日、朝、見上げた空が高かった。」から始まる一節は,理屈でない行動の動機について感覚的に理解するための文学的表現としてなら納得するのだが,理屈としても燃焼試験は高気圧に覆われた快晴の日の方が適しているのだろうか?
- p.100で「ネットの書き込みが汚い」として例示されている文章が,微妙にネットの匿名バッシングとは表現(というか,独特のリズム感)が違う気がする。
- p.193の議員の言葉「年末年始は議会も休みだし、町役場も休み。おおやけのことは何も動かない。でも、多根南町ではそんなときに、物事が決まる」は至言。架空の多根南町だけでなく,日本社会は往々にして非公式な飲み会や根回しで物事が決まっていく。夢に溢れた少年少女を主人公にしたこの作品で,こういう現実とぶつからせる設定は素晴らしい。
- p.206の宇宙港職員の言葉「実は多根島って、世界でも一番古い罠猟、落とし穴の遺跡があるところなんだって」を読んで,落とし穴が遺跡として残るのだろうかと疑問に思ったが,調べてみたら茅野市の笹原上遺跡という縄文遺跡には縄文時代の落とし穴が残っていた。たぶん,川端君が現在実験航海プロジェクトをやっている海部さんにナショジオでインタビューした記事がネタ元か。3万年前の落とし穴が日本にだけ残っているのか。
- p.242で蜘蛛の巣に絡まったオトシブミの揺籃を見たところで,宇宙探検隊の1人である駆君はどうして突然「おやじ、学校に行く。希実たちが来てると思うから」という気持ちになったのでしょうか? という国語の問題を出すのに良さそう。
- p.249のセイルの裏の描写「それが、ぱっと見にはなにかの海賊旗みたい」というところを読んで,いきなり絵が脳裏に浮かんできた。実写かアニメにしたら映えるシーンだなあ,たぶん。
- p.266「火工品」という言葉は知らなかったが,ウィキペディアを見てわかった。そういう意味か。
- p.271「風に吹かれて飛んでいく、帆をもった種子だってありますからね」はカエデとかニワウルシみたいな奴のことか?
- p.283の地面から宇宙の果てまでイメージが膨らんで繋がる描写が素晴らしい。
【以上,2016年8月21日,2016年8月20日の鵯記より収録】