人類生態学の方法論と実践
このページは,2007年8月6日から8日まで,岡山大学環境理工学部において,「環境アナリシスII」として実施した集中講義の内容を紹介し,補足資料を提示する目的で設置する。
人類生態学のルーツ
人類生態学は,その名の通り,人類学と生態学という大きな2つのルーツをもつ。
- 人類学(anthropology)
- ヒトを対象とした科学である。大きく2つに分かれる。
- 文化人類学(cultural anthropology)=民族学(ethnology)
- 自然人類学=形質人類学(physical anthropology)
- 生態学(ecology)
- ヘッケル(Ernest Haeckel, 1869)の造語で,「生物とその環境との相互作用の科学的研究」の意味で名づけた。Begon/Harper/Townsendの``Ecology: Individuals, Populations, and Communities. (2nd ed.)''(1990)では,「生物の分布と豊富さを決める相互作用の研究」という定義を,個体,個体群(同種の生物の集まり),群集(複数の個体群からなる)という3つの水準で扱うとしている。
- 人類生態学(human ecology)と生態人類学(ecological anthropology)
- ほぼ共通のフレームで研究を行なうが,研究室が属する学部の差異により,中心となる研究手法が若干ずれている。
- 最近になって出てきた学問の中では,環境社会学や環境生態学とも,かなり重なっている。学会としては,生態人類学会や環境社会学会はあるが,人類生態学会は日本にはない。ただし,民族衛生学会の学会誌はThe Japanese Journal of Health and Human Ecologyであり,そのスコープに人類生態学を含んでいる。
- 日本で,人類生態学か生態人類学の研究が行なわれている(いた)大学
- 類似の名前の講座や大講座は増えてきたが,今回紹介するような意味での人類生態学を研究している研究室は数少ない。
- 人類生態学:東京大学医学部保健学科,杏林大学保健学部
- 生態人類学:東京大学理学部,京都大学理学部等
人類生態学とは?
- 人類生態学も生態人類学も,生態系の一員としてその環境に適応進化して生きる人間の集団(ヒト個体群)という捉え方をし,その長期間の生存を包括的に理解しようとする。
- 生態系:環境条件(土壌中無機物,温度,湿度等)や資源(生物的,非生物的),種間関係(被食捕食,共生,寄生,競争等)といったものすべてを含め,「ある地域の生物のすべて(生物群集)が物理化学的環境と相互関係をもち,システムにおけるエネルギーの流れが,栄養段階,生物の多様性,生物と非生物部分間の物質の循環を作り出しているようなシステム」を生態系と呼ぶ。
- 人間化:現代の多くの生態系は,人間が環境を改変したことの影響を大きく受けている。このことを生態系の人間化と呼ぶ。逆に,人間が環境から受ける影響があることも忘れてはならない。生態学では,非生物的な環境条件が生物を規定するという意味で,環境から生物への影響を「作用」,逆に生物から環境への影響を「反作用」または「環境形成作用」と呼ぶ(注:講義で使用した図では逆になっていたが,こちらが正しい)。ヒトは,他の生物に比べて環境形成作用が多様(大規模開発から自給自足集団における長期的な環境適応的な生き方まで)という特徴をもつ。
人類の特殊性と生態系の見方
- 人類は,生物の中で分布域がもっとも広い(他の生物には見られないことだが,ツンドラ,砂漠,熱帯雨林,温帯林,サバンナ,亜寒帯針葉樹林など,世界中どんなバイオームにも居住している)。その理由は,環境を改変する能力がきわめて大きいことである(他の生物と同様,遺伝的適応もある)。
- 人類がさまざまな物理化学的及び他の生物と相互作用するとき,それぞれ特有の言語と文化と社会組織を介している。 それゆえ,他の生物と共進化を起こすパタンは,地域によって異なっている。
- 現代においては,都市,雑木林(里山),耕地,牧草地等,人間が手を入れ続けることで初めて存続可能になる生態系も多い。このような生態系は人間化された生態系である。
- 生態系の基本構成要素は,生物群集,エネルギーフロー,物質循環である。下のようなコンパートメント図にして見るとわかりやすい。
人類生態学の方法
- 実際,我々はどういう研究をしているか?
- フィールドワークを行って,人口,文化,社会組織,行動,食事などを調べるのと同時に環境試料や生体試料を採取し,持ち帰って実験室で分析し(必要ならメカニズムを明らかにするために動物実験も追加し),それらの結果をもとに,そのヒトの集団の生存を包括的に明らかにすることを目標とする。
- 疫学との異同
- *ヒトの生存に関わるさまざまな要因を探るという意味では,疫学の方法論と近い。
- *しかし,注目する要因以外の要因はできるだけコントロールして,注目する要因と結果(死亡や疾病罹患)の間のできるだけピュアな因果関係を探ろうとする疫学的アプローチに対して,実際に生きている人間集団にかかわる要因なら何でも,できるだけ多くの要因を考え,物理化学的環境要因や生物学的環境要因も含め,その人間集団が環境適応しながら生きてきた歴史を包括的に理解することを目指す人類生態学とは,正反対のベクトルをもつ。
- *疫学では,有機水銀が多く含まれている魚を大量に食べると中枢神経への毒性が発現するリスクが何倍になるかを明らかにすれば,魚の摂取量を減らすことで中枢神経への毒性を減らすことができると考えるが,人類生態学では,実際に魚の摂取量を減らした場合に同時に起こってくる諸影響(タンパク摂取量の減少,水揚げ高の減少による経済的不利益,魚食ができないことによる心理的不全感等々)をすべて考え,システムとしての予測を行なわねばならない。
人類生態学に関連する諸学
- 人間化された生態系におけるすべてを知るためには,実に様々な情報を得なくてはならず,援用しなければならない学問もきわめて多い。
- 多くの学問分野の研究者のコラボレーションによっても研究を進めることはできるが,それを統合して考察する過程では,援用した諸学問の見方を知っている必要がある。島津康男が『国土学への道』(名古屋大学出版会)で書いているように,住民の視点で地域開発計画を考える国土学でも「一人学際」(たんにinterdisciplinaryではなく,multidisciplinaryであること)が要求されるが,それと同様に,人類生態学者も一人で多くの学問分野に通じていなければならない。
- Feachem RG (1977) “Human ecologist as a superman?” (In: Bayliss-Smith TP, Feachem RG [Eds.] “Subsistence and Survival: Rural Ecology in the Pacific”, Academic Press):パプアニューギニアの農村などに住み込んで参与観察をすることを勧め,発展途上国で医学調査をするときにも相手の文化社会を理解することが大切であること,人間と環境の関係を研究するためにはさまざまな学問を十分習得する必要があることを主張している。
- 生態学と人類学はいうまでもないが,その他にも,空間情報学(地理学),人口学,栄養学,環境科学,疫学,統計学,社会学,社会調査,経済学,コンピュータ科学,複雑系科学などの知見と方法論を援用する。
フィールドワークの進め方
- 調査対象集団を決める
- ↓
- 地図を作る
- ↓測地学,空間情報学・GIS,航空写真や衛星画像の利用
- ↓
- 環境情報を得る
- ↓水,空気,病気の媒介生物などのサンプリングと測定
- ↓
- ヒトを調べる
- ◆「手作りのセンサス」:家を一軒ずつ訪問して,全世帯員の名前,年齢,性別,親族関係などを聞き取る
- ◆生業を調べる:聞き取り,行動観察(スポットチェック,個人追跡)
- ◆家系図や婚姻規制の聞き取り:長期的な生存を調べるためには,過去の人口復元が不可欠
- ◆母親への既往出生児についての聞き取り
- ◆過去の死亡や転入・転出の聞き取り
- ◆死因はlocal knowledgeに照らしての死因と,西洋医学的な死因のどちらのフレームで語られているのか区別する必要がある。西洋医学的な死因は不明確な場合も多い。
- ◆尿検査や生体計測,血液検査などによる健康状態の検査
- ◆食物サンプルの分析による栄養調査
- ◆現地では分析が難しい検査項目は,サンプルを持ち帰って分析
地図の作り方
現地でなくてはできないことは,地図の上に載せるべきミクロな情報を取ることである。かつては地形図を買って,細かいところは自分で測地(三角測量あるいは万歩計とコンパスを使ったTurtle graphics(*)のような手法で)しなくてはならなかったが,現在ではGPS (global positioning system)で測位したり,Google Earthのようなオンラインサービスを使うと簡便である。
地図上に情報をまとめるにも,ArcInfoのようなGISソフトを使い,Landsatのような低解像度衛星画像やIconosのような高解像度衛星画像と組み合わせれば,地図が得られるばかりでなく,例えば畑の面積を知ることもソフト上でできる。
Turtle graphicsの方法(GPSが使えれば不要)
- 準備:自分の1歩の歩幅が,平均何cmになるかを調べておく。
- まず始点を決める。手元の地図上(方眼紙で作る)にもプロットする。
- 次の目標地点を決め,始点からの方位をコンパスで調べる。
- 始点から目標地点までまっすぐ歩いて歩数を数える(万歩計を使うと便利)。
- 歩数に1歩の歩幅をかければ実際の距離がわかる。これに縮尺を掛けて,手元の地図上でもプロットする(角度と距離がわかるので,分度器と定規があれば作図できる)
- 畑なども含め,すべての情報がつながるように,この過程を反復。
- ソフトウェア上ではグリッドに吸着させて方眼紙を再現させるかデジタイザを使う。
人口学の方法論
英語で人口学をあらわす言葉にはdemographyとpopulation studiesの2つがあり,それぞれ法則性の研究とメカニズムの研究に対応している。法則性の研究は形式人口学あるいは人口統計学とも呼ばれることがある。法則性を抜きにした純粋なメカニズムの研究というものはありえないので,population studiesは,集団を対象とした研究で,評価の軸としてヒトの数を用いるものすべてを指す包括的な概念である。
人口は,その集団の生存を評価するための最終的なアウトカムである。極論をいえば,環境にうまく適応できなければ,その集団の人口が減って絶滅してしまう(人口がゼロになってしまう)。ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』には,環境に適応できず滅んだ集団の事例がいくつも紹介されている。もちろん,うまく環境に適応していても人口は無限に増えるわけではない。各生態系には,環境収容力(土地の人口支持力=carrying capacity)という,その土地に居住できる人口の限界があって,そこに近づくと,(1)人口増加率が下がる,(2)外部に移住する,(3)カタストロフ的に急激な人口減少が起こる,などの仕組みで人口が調節される。
その意味で,ヒトの集団の人口及びその変化,増加や減少(出生や死亡による自然増減と移住による社会増減)の状況を調べることは,その集団の環境適応を知ることにつながる。
人口を数えることはセンサス(国勢調査),増減を知ることは人口動態統計によって得られる。適切な指標の設定が重要である。
人口学の諸指標(1)出生の指標
出生については,以下の指標がよく用いられるが,メディア等で最もよく用いられるのはTFRであろう。
- CBR(crude birth rate: 普通出生率,粗出生率)=年間出生数/年央人口×1000
- ASFR(age specific fertility rate: 年齢別出生率)=年齢別出生数/年齢別女性人口×1000 (年齢5歳階級別)
- TFR(total fertility rate: 合計出生率)=全年齢(階級)についてASFRを合計したもの (ただし女性1人当たり)
- ASMFR(年齢別有配偶出生率)=年齢別嫡出出生数/年齢別有配偶女性人口×1000 (Mはmaritalの頭語)
- TMFR(有配偶合計出生率)=全年齢(階級)についてASMFRを合計したもの (1人当たり)
- GRR(gross reproductive rate: 総再生産率)=ある仮設女子出生コホートについて,再生産完了まで死亡がゼロであるという仮定の下で,そのASFRが現在のものに従った場合の平均女児数(TFRに女児出生性比を掛けた値と同値)
- NRR(net reproductive rate: 純再生産率)=死亡率を考慮したGRR。つまり,ある仮設女子出生コホートが現行のASFRと年齢別死亡率に従う場合の,母親がその女児を産んだ年齢まで生存する平均女児数
- MISG(mean interval between successive generations: 平均世代間隔)=女子の平均世代間隔は,現行のASFRと年齢別死亡率の下で女児を産んだ母親の平均年齢に等しい。男子も同様。
- CWR(child woman ratio: 婦人子ども比率)=5歳未満人口/再生産年齢(通常15-49)女子人口×1000
- RBM(ratios of births to marriages: 出生結婚比)=ある年の出生数/その年の結婚数
- MCP(mean completed parity: 平均完結パリティ)=再生産を完了した女性の既往出生児数の平均値
- PPR(parity progression ratios: パリティ拡大率)=n+1人の子どもをもつ女子人口/n人の子どもをもつ女子人口
- 子ども数分布=既往出生児数のヒストグラム(ポアソン分布/負の二項分布)
- 出生間隔=結婚と第1子出生の間隔/各出生間の間隔/平均出生間隔
- ABLC(age at the birth of the last child: 末子出産年齢)=再生産を完了した女性が末子を出産した年齢
- PSBP(parity-specific birth probabilities: パリティ別出生確率)=ある期間に起こった第x+1子出生数/その期間の期首におけるパリティxの女子人口
- TLFR(total legitimate fertility rate: 合計嫡出出生率)=結婚持続期間別出生率の合計値
- DMR(daughter mother ratio: 女児/母親比)=末子が再生産年齢を超えた母親一人当たりの結婚した娘の数
- WTFR(wanted total fertility rate)=ASFRのうち,これ以上子どもはいらないと思っていない場合を合計したもの。直接計算できないため,推定法に合意がないが,1990年にBongaartsが提唱した方法が最もバイアスが少ないものとされている。
- 累積出生率=年齢別出生率あるいは結婚持続期間別出生率を,コホートの出生リスクの開始年齢からある一定年齢まで積み上げたもの
- 完結出生力=コホートの全成員が再生産を完了したときの累積出生率
- 累積純出生率(cumulative net fertility)=コホートの年齢別出生率とその年齢までの女子人口の生存確率との積和
人口学の諸指標(2)死亡の指標
- CDR (crude death rate: 普通死亡率,粗死亡率)=年間総死亡数/年央人口×1000
- ASDR (age-specific death rate: 年齢別死亡率)=年齢別年間死亡数/年齢別年央人口
- (通常は5歳階級。5歳未満は1歳階級にする場合が多い。年齢別死亡率は,生命表解析にも,他の指標を計算する際にも基本となるので,きわめて重要である)
- DSMR (directly standardized moratality rate: 直接法訂正死亡率,直接年齢調整死亡率,直接標準化死亡率)=Σ(標準人口年齢別人口×年齢別死亡率)/標準人口×1000 (標準人口は,比較したい集団全部に対して共通の,もっとも歪みが少ないと考えられる年齢階級別人口を用いる)
- SMR (standardized mortality ratio: 標準化死亡比)=年間総死亡数/Σ(年齢別年央人口×標準人口年齢別死亡率) (国際人口学会編「人口学用語辞典」,Smith, D.P."Formal Demography",舘稔「人口分析の方法」でこのように定義されている)
- ISMR (indirectly standardized mortality rate: 間接法訂正死亡率,間接年齢調整死亡率,間接標準化死亡率)=CDR ×標準人口粗死亡率×年央人口/Σ(年齢別年央人口×標準人口年齢別死亡率) (岡崎陽一「人口統計学」ではこうなっている。国際人口学会編「人口学用語辞典」やSmith, D.P."Formal Demography"では,標準人口粗死亡率×SMRと書かれているが,計算してみると岡崎の定義と同値であることがわかる)
- PMI (Proportional Mortality Index)=50歳以上死亡数/総死亡数(*国際比較によく用いられる指標である。PMRともいう)
- 死因別死亡率=特定死因による年間死亡数/年央人口×100000 (疾病による死亡の場合,死因が単独であることは少なく,複合死因である場合が多いことが問題である。通常,疾病の死因分類は,ICD (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems; 国際疾病分類)によって行われる。現在のところ,第10版(ICD-10)が最新。死因分類が改訂されることは,死因別死亡率の経年変化を見る場合には注意しなければならない)
- 死因別死亡割合=特定死因による年間死亡数/年間総死亡数
死亡については,さまざまな数学モデルが提案されており,それを当てはめることも有効である。
人口学の諸指標(3)人口増加の指標
- 人口の自然増加数=出生数(B)ー死亡数(D)
- 人口の社会増加数=転入数(I)ー転出数(E)
- 人口学的基本方程式:人口増加数=B-D+I-E
- 人口増加率
- 初期人口N,x年後の人口N(x)とすると,1年間の人口増加率は{N(1)-N}/N,{N(2)-N(1)}/N(1)など。離散的に考えて,これらが定数rならば,N(x)=N*(1+r)^x。式変形して,rは,{N(x)/N}のx乗根から1を引いた値。
- 連続的に考えて,微分方程式で人口が現在人口に比例して増加する(比例定数がr)と考えれば,dN(x)/dx=rN(x)より,N(x)=N*exp(rx)。これは指数的増加のモデル。
- 人口増加率が一定ではないなら,別の微分方程式を考える。例えばロジスティック成長なら,環境収容力(土地の人口支持力)Kを考えて,Kに人口が近づくと増加率が落ちると考え,dN(x)/dx=rN(x){K-N(x)}というモデルが立てられる。生データにこれを当てはめてrやKを推定するには,Rという統計ソフトのnls関数を使えば簡単。
Rによるロジスティック成長のパラメータ推定
試験管で培養している酵母菌の量の経時的変化のデータが
時間 | 0 | 2 | 4 | 6 | 8 | 10 | 12 | 14 | 16 | 18 | 20 |
量 | 10 | 20 | 70 | 160 | 380 | 550 | 580 | 600 | 620 | 630 | 635 |
---|
であるとき,酵母菌自身が出す有毒物質が環境抵抗となってロジスティック成長していると考えられるので,それを当てはめてみる。
Rのプログラム
P <- data.frame(t=seq(0,20,by=2),N=c(10,20,70,160,380,550,580,600,620,630,635))
getInitial(N~SSlogis(t,K,tmid,r),data=P)
res <- nls(N~SSlogis(t,K,tmid,r),data=P)
summary(res)
tt <- seq(0,20,by=0.01)
plot(P)
lines(tt,predict(res,list(t=tt)))
出力
Formula: N ~ SSlogis(t, K, tmid, r)
Parameters:
Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)
K 622.08632 6.71535 92.64 2.06e-13 ***
tmid 7.36867 0.10317 71.43 1.64e-12 ***
r 1.44876 0.08862 16.35 1.97e-07 ***
---
Residual standard error: 13.71 on 8 degrees of freedom
Number of iterations to convergence: 0
Achieved convergence tolerance: 6.609e-06
余談:世界人口について
- 1750年以前は年人口増加率は0.5%以下。1930年頃までは1%を超えなかったが,1950年以降は1.6%以上(Figure1)。増加のほとんどは途上国で起きている(Figure2)。1950年から1990年の間に増加率が落ちた国では,65歳以上の割合が1.5倍近くなった。
- エネルギー消費の増加:人間が管理する非生物的エネルギーは1860年には年間1人当たり0.9MWだったが,1990年には19MWに増加。
- 都市人口比率の増加:1800年には人口2万人以上の都市に住んでいた人たちの割合は2%,1995年には45%。1995年には地球上の人間の17%以上が人口75万以上の大都市に集中。(日本の都市人口比率,例えばDID居住割合がどれくらいか知ってる?)
- 地球の環境収容力についてのさまざまな予測(Cohen JE『新「人口論」』農文協より)「ヨーロッパの植民地として残されている土地」(Ravenstein, 1891),約59億9400万人〜技術水準による制約/「自然人文地理学の主要な問題」(Penck, 1924),約159億人,実際にはその半分/「地球の潜在生産力と地球が養える人口」(De Wit, 1967),総ベジタリアンなら約1460億人,肉食をし,農業以外の土地利用もすると約790億人/「一次食料の供給によって維持される最大可能人口」(Kates et al., 1991),基本的な食事で59億人,十分かつ健康な食事では29億人。
小集団人口学特有の問題と対処
人口学の主流は官庁統計の分析による政策立案や大規模な社会調査に基づく人口に影響する要因の研究であるため,小集団における研究が少ない
通常の人口学の分析においては,国勢調査等の各種官庁統計で,比較的信頼できるデータがあるが,途上国の小集団では,国勢調査人口もあまり信頼できないし,出生・死亡等の動態統計も不十分
村の人口を数えるだけでも難しい:頻繁に小移動すること,コミュニティの認知
聞き取りにはさまざまなバイアス(系統的な偏り)が生じやすい:調査者の意図を正しく伝えるような聞き方の難しさ,記憶の曖昧さ,概念を正しく聞き取ることの困難
適切な調査方法
- 調査対象の範囲を正しく決める
- 曖昧さを排した聞き取り方
- 代表的な聞き取り調査
- 既婚女性に対する出産史の聞き取り:最近の出生から遡って,聞き漏らしのないように聞く。生殖内分泌学の併用も有効
- 家系図の再構築:血縁関係の正しい把握,裏を取ること
- 人口動態イベント(出生,死亡,移動)が起こった時点の推定:歴史的カレンダー法,経時的分類法
栄養学の方法論
栄養学の一部としての食餌療法(dietetics)は,ヒポクラテスが自分の患者に,どういうものを食べるべきでどういうものを食べない方がよいのかをアドヴァイスしていたことから考えてもかなり古くからあるが,科学としての栄養学の創始者はラボアジェ(18世紀末の天才化学者として有名)であるといわれている。
ヒトは従属栄養生物なので,環境から食物を得て摂取し,そこからエネルギーと他の栄養素を吸収(消化,異化,同化)し,不要なものや老廃物を体外に棄てなくては生存できない。
個人レベルでも,身体活動や体格から,生命活動を維持するために必要なエネルギーやタンパク質,脂質,ビタミン,ミネラルなどは計算できるし,食事調査(これにも24時間思い出し法や陰膳方式での秤量法や摂取頻度の質問紙調査など,いろいろ提案されている)をすれば,摂取する栄養素がそれに見合っているかも評価できる。摂取と消費のバランスがとれているかどうかという「栄養状態の評価」は血液や尿の検査からも可能。
集団レベルで考えると,食物として得られるエネルギー量(狩猟・採集も含むし,調理損失や残飯として廃棄されるものも含む)と生産活動や生命活動の維持に必要なエネルギー消費量を計量して,そのバランスを考えれば,集団として栄養バランスがとれているか評価できる。生産量をinput,エネルギー消費量をoutputとして比較する方法をinput-output analysisという。スクリーニングにより栄養状態に問題がある人の割合を求めたり,栄養状態に影響する他の要因(遺伝,物理化学的環境,生物的環境,ライフスタイルなど)を調べることも重要。
栄養素
- 栄養素は大別すると無機化合物と有機化合物からなる。
- 無機化合物:大部分が水分と灰分(燃やした後に残るもので,低分子のイオンが含まれる。陽イオンではナトリウム,カリウム,カルシウム,マグネシウム,鉄,銅,亜鉛,コバルト,マンガンなどが含まれ,陰イオンとしては塩化物イオン,燐酸イオン,硫酸イオン,炭酸イオン,ヨウ素イオンなどが主)
- 有機化合物:いわゆる三大栄養素(炭水化物,タンパク質,脂質),食物繊維や核酸,ビタミンなど
化学形態を無視すれば,「食品に含まれる,生存に必要な元素」という観点で栄養素を区分することもできる。ヒトも生物であるから,自身の体構成成分は必要である。従って,炭素,水素,酸素,窒素,硫黄,リン,塩素,カリウム,ナトリウム,カルシウム,マグネシウム,鉄あたりは必須元素である。これらは比較的多量に存在するので常量元素と呼ばれる。初めの6個の元素は有機化合物の主構成元素である。一方,微量ではあるがそれがないと生存できない元素もまた存在する。硼素,フッ素,珪素,ヴァナジウム,クロム,モリブデン,コバルト,ニッケル,銅,砒素,セレン,マンガン,スズ,ヨウ素,亜鉛の15元素がそれで,必須微量元素(essential trace element)と呼ばれる。
血液,尿,毛髪,爪などの生体試料を分析して栄養素を定量することを生物モニタリング(bio-monitoring)と呼ぶ。食品サンプルの分析により食物中の栄養素を定量することもあるが,食品成分表も使える。
栄養状態の評価法
- 三大栄養素について
- NHANESなど,性・年齢別の大規模健診結果に基づいて,標準的な身長・体重の成長パタンを求め,それに比べて数値が低ければ低栄養と判断する。とくに,身長だけが低い(stunted)な場合は,長期的な低栄養,体重だけが低い(wasted)な場合は短期的な低栄養,身長も体重も低い場合は,protein-energy-malnutritionであると考える。体重については数値が極端に高くてもエネルギーや脂質の摂取が過剰であり栄養状態が良くないと判定される。身長と体重のバランスをみるためには,一般に体重(kg)を身長(m)の2乗で割った値であるBMIが用いられ,日本ではBMI18.5未満は痩せ過ぎ,25以上は肥満とみなされる(日本肥満学会やWHOの基準)が,BMIが低くても体脂肪割合が高かったり,その逆もありうるので,BMIを絶対視すべきではない(詳しくは肥満 (obesity)を参照されたい)。また,遺伝的な差異を無視した考え方になると問題で,米国の標準を途上国の山奥などで適用した論文があるけれども正しくない
- 食品のエネルギーの分析は燃やして測る。CNコーダという機械を使うと炭素と窒素の含有量が測れる。タンパク質や脂質については高速液体クロマトグラフィーも使われるが,総量を量るための公定法がある。しかし,一般にこれらは大量に存在するのでばらつきが大きくないと考え,食品成分表の値を信用して使う(ただし,できるだけ現地の食品成分表を用いる)。
- 微量元素について
- 一般に欠乏も過剰も問題。地域ごとに含有量が異なる。
- 測定は元素そのものならICP-MASSでOK。化学形態まで考えるとHPLCやガスクロと組み合わせることも必要。
環境の評価法
- 物理化学的環境の測定
- ●水:さまざまな水質検査法
- COD, BOD,硬度,アンモニウムイオン,塩化物イオン,残留塩素(上水の場合)など
- ●空気:浮遊粒子状物質と重金属は,ローボリュームエアーサンプラーやハイボリュームエアーサンプラーで流速がわかっているポンプを一定時間使ってろ紙やグラスファイバーフィルターに吸着させ,抽出して分析。
- 浮遊粒子状物質,とくにSPM10とかSPM2.5とか,粒径が重要,重金属,NOx,SOx,オゾンなど
- ●気流,気温
- ●騒音,振動など:それぞれ専用機器がある
- ヒトにとっての環境
- 環境アセスメントでは,CVM,CRAなども重要
人間=環境系の統合モデル
中澤 港「開発と環境保全の相互連関性ーマルチエージェント・モデルによる分析」,In:大塚柳太郎,篠原徹,松井健(編)『島の生活世界と開発(4) 生活世界からみる新たな人間―環境系』 東京大学出版会,東京,pp.137-157.を参照。
対象集団について,人口学,栄養学,環境科学などを含め,あらゆる角度からアプローチし,その集団がいかに環境を利用し,影響を与えられてきたかについて情報を得た後で「包括的に理解する」ために
- 古典的方法:民族誌(ethnography)を記述する
- システムアプローチ:生態系には間接効果の非決定性があるので,コンピュータ上にシミュレーションモデルを構築し,現実を仮想的に再現することによってしか得られない知見もある。社会学からは『人工社会』という本に詳しく書かれている。Ecological Modellingという生態学のモデリングの専門誌でも2001年に特集号が出されている
- 統合モデルの構築と利用:現状をできるだけ多角的に詳しく調べ,民族誌的な記述を行なう→個別のパートのモデル化,シミュレーションプログラム化(偶然性は乱数を使って表す)→パート間をつなぐモデルを作る(ここが最も困難。ただし,わからない場合でも,いろいろな可能性を試してみることができる)→介入のパタンごとにシナリオ分析をする
実践編
パプアニューギニア低地に居住するギデラの研究
ソロモン諸島ガダルカナル島東タシンボコ区でのテンション前の研究
ソロモン諸島西部州における未来開拓研究
ソロモン諸島ガダルカナル州東タシンボコ区でのテンション後の研究
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