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生態学第21回
「自然の価値」(2001年11月15日)
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最終更新:
2001年11月26日 月曜日 12時21分
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講義概要
- 参考文献
- ▼鷲谷いづみ・矢原徹一「保全生態学入門」(文一総合出版)
- ▼イボンヌ・バスキン(藤倉良 訳)「生物多様性の意味」(ダイヤモンド社)
- ▼Nunes P.A.L.D., van den Bergh J.C.J.M. (2001) Economic valuation of biodiversity: sense or nonsense? Ecological Economics, 39: 203-222.
- 自然を守ろうという世界的な気運
- ▼1992年にリオデジャネイロで開かれた地球サミットにおける「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言」,そこで採択された地球の生物種の保全を謳った「生物多様性保全条約」(日本は1993年12月21日に批准)
- ▼モロッコでの第7回会議が合意に達して終わったので,後は批准を待つばかりとなった「気候変動枠組み条約(COP)」
- 背景
- ▼自然の破壊は人類がもたらしたという認識
- ▼とくに20世紀に破壊が激しかった
- ▼公害問題,人口爆発,地球温暖化,オゾンホール,砂漠化,地下水位の低下,農地の表土流出,干潟・珊瑚礁・藻場の消失など,このままでは地球がもたないという危機感
- 自然を守る〜生物多様性保全
- ▼現代における生物の絶滅は,生息地の破壊,乱獲,環境汚染,外来種の侵入など,ほとんどが人為的な原因で起こっている。
- ▼生物種が次々に絶滅していくことは,ヒトの生存基盤として重要な生物資源と,生態系の環境保全機能が同時に失われていくことを意味する
- ▼生物多様性を保全するためには,物理化学的環境も,ある範囲に保全しなくてはならない
- ▼つまり,生物多様性を保全することは,自然を守ることの主要部分を占める
- 生物多様性の価値(鷲谷,矢原,1996年)
- ▼直接的価値
- 消費的使用価値…市場を通らずに直接消費される生物資源の価値(自給経済における食料,燃料,伝統的薬品)
- 生産的使用価値…市場を通ってから使用される生物資源の価値(木材など)
- ▼間接的価値
- 非消費的使用価値…レクリエーション,アメニティ(環境経済学のCVM[仮想評価法]などの手法で数量化できる)
- 予備的使用価値…世代間不平等を避けるため
- 存在価値…環境倫理学やディープエコロジーの主張の主要なものの1つ
- (注)この分類には生態系サービス(Ecosystem Service)ないしネイチャーサービス(Nature Service)と呼ばれる価値が入っていないが,これも無視できない価値である。また,マイナー・サブシステンスと呼ばれる活動を成立させる基盤としての生物多様性を考えると,非消費的使用価値でもあり,消費的使用価値ももっていることになる。
- 生物多様性の階層性
- ▼松田「環境生態学序説」によると,以下の4つの階層で生物多様性が維持されるべき
- 種の内部にみられる遺伝的多様性
- 局所集団の数=分布の多様性
- 多種共存による多様性=種多様性
- さまざまな生態系が隣接し,あるいはある程度の距離をおいて共存=景観多様性(里山のような二次的自然も重要)
- ▼鷲谷・矢原「保全生態学入門」によると,以下の4階層
- 景観…景観タイプ…景観パタン…景観過程とその分布,土地利用
- 群集・生態系…群集タイプ・生態系タイプ…相観パタン・ハビタット構造…種間相互作用,生態系過程
- 種・個体群…種,個体群…個体群構造…生活史,個体群統計過程
- 遺伝子…遺伝的組成…遺伝的構造…遺伝的過程
フォロー
- ディープエコロジーと二次的自然の考えは,正しいといえるのはどちらなのでしょうか?
- ▼どちらかが正しくてどちらかが間違っているというものではないと思います。
- 自然を守らないと人間は絶滅するのですか?
- ▼スペースコロニーに何人生きられると思いますか?
- 京都議定書後のアメリカのやり方について,先生はどうお考えですか? 自分は「経済のためなら,自然の犠牲は一定期間やむをえない」みたいな考え方ならばいつまでたっても自然は守れないと思うのですが。
- ▼アメリカのやり方は常にアメリカの民主主義だったと思います。アル・ゴア前副大統領は環境経済学の重要性を説く「自然の掟」などの著書もあり自然保護を重視していましたが,それでも自然保護のために経済を犠牲にするような政策は取れませんでした。
- 途上国ではどれくらいの人が小学校に通って教育を受けている?
- ▼いろいろです。同じ国でも村によって違いますし,男女差もあります。タリバン政権下では女性が学校に行くことが禁止されていたのはご存知ですね? 南太平洋の島々でも,小学校があっても先生がいないとか,教材がないとかいったケースはたくさん見られます。
- 生物多様性を保全するためには物理化学的環境もある範囲に保全しなくてはならないとはどういうこと?
- ▼前期第3回の講義でも触れましたが,世界各地のさまざまな物理化学的環境条件に適応して,生物はさまざまな形や機能をもつように進化してきたのです。逆にいえば,今生きている生物は,ある範囲に限定された物理化学的環境条件のもとでしか生存できません(強酸性の湖だとまったく魚がいないような場所もあります)。したがって例えば,諫早湾の堤防を締め切って潮の流れという物理環境を壊すと,有明海で養殖されている海苔がうまく育たなくなったり,タイラギという貝が成育できなくなったりするという影響が出てしまうと考えられます。
- 生物多様性を維持していくことはいいことだが難しいのでは?
- ▼少なくとも,使用的価値が開発によってもたらされるそれを上回れば開発はするべきではないといえますね。Nature Serviceについてもそういえるでしょう。既得権を含む経済的影響を無視すれば,この水準で生物多様性にはっきりした価値がある場合には,それを維持するという合意を得るのはさほど難しくはないでしょう。
- ▼問題はそれほどの価値が見出されない場合です。不便を我慢して予備的価値を守るということに合意を得るのはなかなか難しいでしょう。
- 医学が発達していく限り,人口爆発などの問題は止まらないと思うが?
- ▼人口爆発については,おそらく少子高齢化社会というのが,このところ人類の文化が目指してきた到達点だと思います。だから,少子を受け入れさえすれば,医療の進歩が必ずしも人口爆発につながるわけではありません。
- 高山植物など一部でつんではいけない植物がありますが,これは非消費的価値や予備的使用価値も含まれていますか?
- ▼高山植物にはもちろん非消費的価値や予備的使用価値が含まれています。
- 森林は減りつづけている? 今のペースだと何年後になくなる?
- ▼熱帯では減っています。森林減少は大きな問題の一つなので,次回の主題にしましょう。
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