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生態学第22回
「森林減少」(2001年11月22日)
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2001年11月27日 火曜日 19時47分
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講義概要
- 参考文献
- ●伊藤嘉昭(1994)「生態学と社会 [経済・社会系学生のための生態学入門]」東海大学出版会,第1章,第2章
- ●高月紘・仲上健一・佐々木佳代(1996)「現代環境論」有斐閣ブックス,第3章
- ●石弘之(1998)「地球環境報告II」岩波新書
- 森林減少問題の捉え方
- ▼現状
- 世界の森林面積は約35億ha。毎年の森林減少は約1100万ha(日本の国土の1/3に相当する広さ)。
- 国別森林減少率1980〜1990年
- 主にアジア,アフリカ,南米の熱帯地域で減少している。温帯・亜寒帯林はやや増加(参照:通商白書2001年度版総論第3章)。
- 年間減少率0.5%とか0.7%というと少なく感じるが,年間0.7%減少とは,100年で半減することを意味する。
- ▼原因
- 直接の人為=材木採取用森林伐採,焼畑,放牧,ダム建設や道路建設のための森林伐採,オイルパームのプランテーションを拓くための森林伐採など
- 間接的人為=酸性雨による立ち枯れなど
- ▼影響
- 森林を生息場所とする生物種(とくに熱帯雨林で影響が大きい)や個体数の減少(参照:WWFによる森林生態指数の変化),あるいは特定生物種の爆発的増加(水溜りを繁殖場所とする蚊の類など)
- 保水力の減少による地下水位の低下,洪水発生率の上昇
- 土壌流出と砂漠化
- 二酸化炭素増加と地球温暖化(なお,酸素はほとんど変化しない)
- ▼対策
- 森林管理:皆伐をせずに一定の条件を満たす有用樹種のみ択伐するなど。国際的に持続的な森林管理を可能にするためのガイドラインが提案されている(1990年から国際熱帯木材機関[International Tropical Timber Organization=ITTO]が掲げた「西暦2000年目標」など。2000年に開かれた「森林に関する政府間フォーラム[Intergovernmental Forum on Forests=IFF]」の最終会合で設置が提案された国連森林フォーラム[United Nations Forum on Forests]が中心となってこうした動きを進めていくことが期待されている)。
- 家畜の種類を変える:熱帯での家畜飼養を考えると,牛や羊よりも豚や鶏の方が森林に戻りやすい条件で飼えるし,環境負荷が小さい。アマゾンで牛を飼うための牧草地を作るために森林伐採を行うことは理に適っていない。
- 事例1:クルコノシェ国立公園(石弘之「地球環境報告II」を参照)
- ▼チェコスロバキアのクルコノシェ国立公園では,世界でも最大規模の酸性雨による立ち枯れがみられる。
- ▼標高800m辺りから,地元の人々が「森林の墓場」と呼ぶ大量枯死がみられる。1980年の異常寒波をきっかけに,それまで酸性雨で痛めつけられていた樹木が耐えられなくなったといわれている。
- ▼樹木の9割がドイツトウヒやヨーロッパアカマツを中心とする針葉樹。その8割が枯れたり弱ったりしている。pH4.2の酸性雨も珍しくない。
- 事例2:ソロモン諸島
- ▼国外へ輸出することを目的として伐採企業が森林を伐採。
- ▼最近では,焼畑を拓くために住民が伐採を利用することもある。
- ▼有用樹種の伐採そのものや,焼畑を拓くことよりも(まだシフティングが可能なくらいに人口密度は低いから),オイルパームのプランテーションを作るときに皆伐となるので影響が大きい。
- ▼森林が失われると土壌が流出して川の河口が埋まり,蚊が大量に発生してマラリアが流行したケースや,海洋汚染によって貝や魚の漁獲が減ったケースや,木の実を採るというマイナーサブシステンスが不可能になるといった影響が現れている(ガダルカナル島での事例)。
フォロー
- 牛を育てるよりも植物の方が20倍も効率が良いならば,現在の食糧問題も理論的には解決可能なのでしょうか?
- ▼ベジタリアンになれば同じ人口を養うために必要な土地は少なくて済みます。逆にいうと,現在ベジタリアンが多いインドの人々が,突然牛肉を食べ始めたら(ヒンズー教で禁止されているのでありえませんが),あっという間に飢えて死ぬ人が続出するでしょう。しかし,現在の食糧問題は,地球全体の食糧が足りないというよりも,分配の不均衡が原因になっている側面が強いので,ベジタリアンになるだけでは食糧問題は解決しません。コーラやラーメンやラジオやタバコやビールを買うために換金作物を作って,主食が足りなくて栄養失調になっている人々がいることを,どう考えたらよいのかということです。
- 以前新聞で「海面緑化」というのを見たんですが,それをすれば海は広いのでかなり効果的だと思いますが,いつごろ実用化されるのでしょうか?
- ▼「海面緑化」は,調べたのですが,朝日新聞系のデータベースには見つかりませんでした。
- 日本は車がたくさん通っているので空気が汚れている気がするのですが,酸性雨の影響を聞きません。なぜですか?
- ▼以前は大きな問題になっていましたし,今でも時折ニュースになっています。ただ,工場からの排気ガスがフィルターを通すようになったことと,自動車メーカーが低公害技術の開発に力を注いだ結果,SOxの排出量が激減し,車の台数の割には大気汚染を低いレベルに抑えることができているために,酸性雨の被害が目立たなくなったのだと考えられます。とはいえ,松枯れに酸性雨の影響があるという話はありますし,数年前に,丹沢でも東京のスモッグ起源と推定される酸性の濃霧によって森林が枯れるという影響が報告されています。
- 何か酸性雨対策ってないんですか? また,対策は実行されているのでしょうか?
- ▼酸性雨の原因は,火山の噴火といった自然現象もありますが,工場の排気や自動車の排気に含まれる酸化物,中でも硫黄酸化物による部分が大きいです。日本では,工場の排気にはフィルターを通して硫黄酸化物をカットするような工夫がされています。かなり厳しい(ただし達成可能なレベルの)排出規制がされているからです。しかし,東欧や中米,東南アジアなどでは,コストの点から排気に対するフィルターといったものは十分整備されないままに稼動している工場が多々あります。
- 酸性の強い酸性雨が頻繁に降る地域で生活している人々の人体には,酸性雨による影響はないのですか?
- ▼直接の影響は,天水を飲み水にしている場合に,酸性雨に溶け込む重金属が増えることによるなど,稀にしか報告されていませんが,生態学的な間接効果はありますし,酸性雨のもとになる硫黄酸化物による大気汚染そのものが呼吸器系に影響を与えることは頻繁に報告されています。
- 森林減少率がが途上国で高くて先進国で安定または増加ということなら,木材の輸出を禁止するというのはどう?
- ▼たぶん,世界経済への影響が大きすぎるので,一気に実行するのは難しいでしょう。現在の輸出国は多額の対外債務を抱えている国が多いので,主要な外貨獲得源の一つである木材輸出を禁止することは,途上国の経済を破綻させるかもしれません。
- 熱帯雨林の減少が主に森林減少の原因ということですが,熱帯雨林への先進諸国の保護などはどれくらい効果があるのですか?
- ▼定量的な効果は不明です。しかし,環境NGOによるエコフォレストリーなどの活動は一定の成果をあげていると言われています。
- 資料の中において,日本の森林は安定していることになっているが,今現在のような大量生産・大量消費を続けていれば,ごみ処理場などいろいろな施設の増設が必要になってくるので,近い将来,日本の森林は減少傾向になってくるのでは?
- ▼産業廃棄物を国外にしばらく違法投棄していた事件がありましたが,最近は資源の有効利用をする意味もあって,ゼロ・エミッションを目指す企業が増えてきています。そういう生産段階の努力に比べると,消費段階ではまだ無駄が多いのですが,不況でもありますし,大量消費は続かないのではないかと思います。
- 森林が減少したことで絶滅したか絶滅の危険がある生物は?
- ▼大型霊長類(マウンテンゴリラやオランウータン)は,森林の減少によって急速に個体数が減っている動物です。
- 森林減少が地球温暖化の直接原因?
- ▼炭酸同化作用による二酸化炭素の吸収が減ることと,バイオマスとして森林に固定されている炭素が放出されることを通して,大気中の二酸化炭素濃度上昇に寄与するという意味で,森林減少は地球温暖化に寄与するでしょう。逆に,地球温暖化と大気中二酸化炭素濃度の上昇のおかげで,中緯度から高緯度地方の針葉樹林の成長速度が速まっているので,そこに二酸化炭素が固定されているおかげで,当初想定されたほど二酸化炭素濃度が上昇していないことも指摘されています(参考:住明正「地球温暖化の真実」ウェッジ選書,1999年)。しかし,もちろん森林減少だけが原因ではありません。
- アフリカの地域などは,UNFFとかには加盟していないのか?
- ▼UNFFは国連の組織で,すべての国連加盟国がメンバーシップをもつとされています。アフリカ諸国についても,ナイジェリアは事務局にも入っています。問題は,国際的な取り組みに参加していても,その裏をかいて活動する不法伐採業者が存在することです。
- 森林問題は良く取り上げられるが,何か具体的な対策は行っているのか?
- ▼講義で話したような国際的な取り組みもありますし,各国でももちろん対策されていますが,抜け道ができてしまうので,なかなか実効が上がらないのが現実です。対策を行うと,どうしてもコストが高くなるので,自由市場の下では価格競争力が低くなってしまい,シェアが落ちます。
- ▼価格競争力が低くても何らかの差別化によって,消費者側が持続的な森林経営を支援することはできます。例えば,「森林認証システム」という取り組みがあります(参考:森林認証制度研究会)。1993年に,環境保護団体や科学者組織,国際機関などが共同で「森林管理協議会(FSC)」という組織をメキシコに設立し,中立で科学的な第三者機関として,森林が環境に調和して持続的に管理されていることの認証を始めました。そこで認証された森林(2001年11月8日付けで全世界合計23,837,810 ha)から採られた木材及びそれを原料とする製品にはFSCマークがつけられます。日本でも,三重県の速水林業(参考:環境gooに掲載されている,代表へのインタビュー)が,ヒノキを中心とした約1070 haの森林について認証を受け,FSCマーク入りのまな板などが販売されています(参考:井田徹治「データで検証! 地球の資源ウソ・ホント」講談社ブルーバックス,2001年)。
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