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【第959回】 東京出張(2015年3月23日)
- 6:00にAAAの777で起床。今日は人口問題研究の編集委員会のため,9:15の飛行機で東京に向かう。3月の半分は旅をしている気がする。
- 11:30頃に内幸町に着いた。日比谷シティに向かって歩いていたら,高校の同級生にばったり会って驚いた。凄い偶然だ。その後,ジュンク堂で本を見ていたら何冊も読みたくなってしまい,まとめ買い。ここで昼になったので,地下のかつ吉(「よし」なので,本当は上が士でなくて土だが)で鶏モモ肉のカツ定食を食べた。なぜこんなに美味いのに空いているのかが不思議なほど良かった。野菜もたっぷり食べられたし。
- 13:00少し前に社人研に着いて,暫く図書室でメールの返事を打ったりしていた。その後の編集委員会はとくに問題なく修了。いくつかコメントは出たが平和だった。
- その後,国際関係部長のところで暫く5月締め切りの原稿の話をしてから羽田へ。16:30に着いてチェックイン。17:40離陸予定なので,暫く読書。機内でも読み続け,ほぼ定刻に神戸空港に着いてからポートライナーを貿易センターで降り,バスで帰宅するまでに読了したのは,雁屋哲『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』遊幻舎,ISBN 978-4-9903019-8-9(Amazon | honto | e-hon)。著者へのバッシングのうち,最も対処のしようがなかったのは匿名の悪意だったと思う(匿名バッシングの恐ろしさは,「問題のあるレストラン」でも描かれていたが,相手が見えないから先も見えず,本当に恐ろしいと思う)。鼻血に関してだけいえば,牧野淳一郎さんの本で書かれているような(立ち読み用pdfを見るだけでも興味深いが,購入予定。tweetもされていた)放射性物質の微粒子による局所曝露で起こっているのか(本書で雁屋さんもこれに似たメカニズムを想定している),心理的ストレスが主因なのか,それとも自己診断による発見兆候バイアスなのかは別として,雁屋さん自身が鼻血を経験したことと,取材時に聴いた「鼻血が増えた」という言説を元に作品に反映させたことは当初から明らかで,確かに『美味しんぼ』に嘘は書いていない。多くの医師や科学者が,鼻血を出すほどの放射線といえば1 Sv以上で出血傾向というメカニズムしか考えずに,「ありえない」と批判したのは,鼻血が全身影響の現れであるという物語を読み取ってしまったからだろう。疫学や公衆衛生学の立場からは,実際に多いのかデータを取り,多ければそれは何故なのかと分析を進めるのが正当な方法である。
- 本書にも引用されているが,このページからリンクされている2013年9月6日付けの報告書に掲載されている,岡山大学津田教授らが積極的疫学調査として行った2012年11月の質問紙調査結果の表3,表4から抜粋すると,
項目\集団 | 滋賀県長浜市木之本町 | 福島県双葉町 | 宮城県丸森町筆甫地区 |
---|
対象者数 | 7056 | 6730 | 733 |
回答者数 (回収率) | 3775 (56.1%) | 3872 (54.9%) | 637 (86.9%) |
熱 (有症割合%) | 50 (1.3) | 58 (1.5) | 5 (0.8) |
咳・痰 (有症割合%) | 386 (10.3) | 521 (13.7) | 59 (9.5) |
歯茎の腫れ・出血 (有症割合%) | 142 (3.8) | 212 (5.6) | 17 (2.7) |
鼻血 (有症割合%) | 14 (0.4) | 43 (1.1) | 5 (0.8) |
というデータがある。ここでいう有症割合は,保健統計でいえば国民生活基礎調査の有訴者率に相当する。国民生活基礎調査には鼻血の有訴者率がないが,他の症状を見ると,2013年調査結果では熱が8.5‰,咳・痰が49.2‰,歯茎の腫れ・出血が18.9‰となっており,本調査結果はこれよりもおしなべて高い。対象者の年齢の内訳が書かれていないのではっきりとはわからないが,年齢構成の違いの影響かもしれないし,質問紙の作り方が国民生活基礎調査とは違っていて,答えやすかったのかもしれない(回収率が高かった宮城県丸森町でも全国データより有訴者率が高めなので,回収率の影響はそれほどないと考えられる)。しかし,いずれにせよ,東日本大震災・津波・原発事故の影響を受けていないと考えられる木之本町でとくに有訴者率が低いということはなく,対照群としての適格性を疑う根拠はない。報告書に書かれているオッズ比(鼻血について,滋賀県長浜市木之本町を対照として福島県双葉町が3.8 [95%信頼区間は1.8〜8.1],宮城県丸森町が3.5 [同1.2〜10.5])は,成人のみについて,年齢,性別,喫煙等を調整した多重ロジスティック回帰分析の結果なので,全年齢を対象にした単純なオッズ比とは必ずしも一致しないが,Rで単純なオッズ比を計算してみても滋賀県長浜市木之本町を対照とした福島県双葉町のオッズ比については似たような値になる(ただし,鼻血の有訴者割合についてのこの単純な分析では,宮城県丸森町はそのどちらとも統計的に有意な差があるとはいえないことになるが)。多重ロジスティック回帰分析の方が妥当だと考えた場合,一つ謎なのは,この集団の選び方である。報告書に書かれていないので理由はわからないが,なぜ放射線量が高い地域を含む宮城県丸森町を選んだのだろうか。結果から有意に高い有訴者率がいえても,放射線の直接・間接の影響なのか,地震や津波の影響なのかを区別して論じることができない。例えば岩手県で同様な調査をしていれば,地震や津波の影響は受けているけれども放射線影響は少ない対照集団が得られ,この調査の福島県双葉町集団や宮城県丸森町集団との比較により,放射線の影響なのかどうかを検討できたはず(牧野さんが想定されたような直接影響なのか,ストレスのような間接影響なのかは依然として不明だが)なのが残念な資料だった。けれども,福島県双葉町での鼻血の有症割合が高かったというデータは,この報告書から事実として示されたといえる。もっとも,それが何故なのかというと,既に書いたように,少なくとも3つ以上の理由が考えられるので,この結果から放射線の直接影響をいうのは拙速に過ぎると思うが,『美味しんぼ』福島の真実<22>で山岡士郎が鼻血を出した描写と,その後の元市長の発言内容に嘘はなかったと言える。
- もちろん,p.49のオッズ比の説明(統計学というよりも疫学の用語だし,「二つの物事に対して一以上のオッズ比を示すと,その二つの関連性は高いとされます」というのは簡略化しすぎて不正確になってしまっていた。上述の報告書を紹介しているところなので,この報告書で示しているのは他の変数の影響を調整した値だけれども,オッズ比とは本来オッズの比で,ここで注目しているオッズは,症状ありの人数を症状なしの人数で割った「有病オッズ」と呼ばれる値なので,双葉町と丸森町の有病オッズが木之本町の有病オッズの何倍になるかを計算した値が「オッズ比」で,偶然とは考えられないほど1から離れていれば,統計学的に意味のある関連と言えます,くらい書いて欲しかった)とか,そこに続く「明らかに,放射線によって鼻血が出たことを示しています」(上述の通り拙速に過ぎる推論)とか,突っ込みどころはたくさんあるけれども,p.118辺りの解像度が粗すぎると分散の大きな確率現象は把握できないことなどは重要な指摘だし,この問題に真剣に取り組み,きちんと取材して書かれた本だと思う。どうして政治家の言葉を鵜呑みにして(?)匿名のバッシングをする人が大勢いるのだろうか。
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