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2026年8月のラオス健康調査

Copyright (C) Minato NAKAZAWA, 2026. Last Update on 2026年8月28日 (金) at 16:39:40.

【第9日目】 結果を返してから金鉱山を見てきた(2026年8月18日、火曜)

5:30にアラームの「フクロウ」で目が覚めた。結局断続的にだが時々激しく朝まで降っていたようだ。

メールをチェックして返事を打っていたら6:25になったのでPCをスーツケースにしまって鍵をかけ、傘をもってロビーに降りた。6:30には少し小降りになっていたのでホテルの隣の店でベトナムのフォーのような麺を食べてから村へ。

川がだいぶ増水していたが、逆に地面がしっかりしているところまでボートが着岸してくれたので、移動はしやすかった。対岸も同様。村の中心部まで歩く途中の軒下で電動精米機が稼働していた。これがあるなら、以前北タイの農村部では女性が朝から晩まで手作業で脱穀や精米をしているのを見たが、ああいう時間がかかりすぎる家事労働はしなくて済むのだろう。

今回の調査結果を返すために村人を集め、エマさんに結果の見方をラオ語で説明してもらって、それをヘルスボランティアの方が現地語に訳して返した。数字や英語で書いたメッセージをちゃんと活用してくれるかどうかは正直わからないが、ポートレート写真には満足してくれたようだし、No problemの場合は笑顔になっていたから、やはり質問紙への回答にもあったように、誰もが健康になりたいとは思っているようだ。

その後、丹羽さんが若干の聞き取り。例によってラオラオの回し飲みが行われたが、2杯までなら耐えられる。

カンティーンの冷蔵庫も冷凍庫も生きていて、冷蔵庫はカンティーン以外にも3軒か4軒もっている家があるそうだ。ラオラオも、10年くらい前までは各世帯で作っていた(道具も見せてもらった)が、今ではカンティーンで安く(500 mLか600 mLサイズのペットボトルに入って1本25,000キープだという)売られているので、買うのが普通とのこと。これはprelic2で行っていたムアンゴイ近くの村とは大きく違うところだなあ。しかしこうして現金が必要な生活になっているからには、たぶん村のバナナやキャッサバや米を売るだけでは金が足りないだろうと思ったら、より大きな村の農作業手伝いなどの賃労働をして購入費を稼いでいるという話だった。

10:00過ぎに再びボートで川をわたった。水位はさらに上がっていた。断続的に雨が降っていて川の流れは速くなっているが、無事に戻れた。セポンの町に戻って昼食をいつものレストランでとった。ガパオライスにした。

砂金採りの女性

禿山とボタ山の池

いったん荷物をホテルに置き、12:00に鉱山を見に出発した。サワンナケート方面に少し行ってから道路を北に折れて約40 kmのところだが、途中から道路の舗装が無くなり、酷い悪路だったが、辺り一帯でどこでも金が出るという話の通り、わりとセポンの町を出てすぐのところで、川で砂金採りをしている女性がいて、金を見せてもらったり、奥の方では禿山とボタ山の手前に赤く濁った池が広がる不思議な景色や、それと対照的に子どもが多くて栄えている町があったり、道の両側には鉱山の会社によって植林されたというユーカリの森が広がっていたり、田んぼがあったり、洪水の氾濫原があったり、帰りにはトラックが道の真ん中で立ち往生していて後ろに長く車列が続いていたり、ギリギリでその脇をすり抜けて行ったら、暫くして地滑りがあったところから土砂を除去しているショベルカーとトラックがあったり、道路を均して補修しているローラーカーがあったり、硫酸を積んだトラックが何台も続いて走っていたり、と、牧歌的な調査地の村からはかけ離れたものをいろいろ目にした。地元には雇用が生まれ、補助金で潤っている一方、確実に自然破壊はされていて、いくらユーカリが植林されているとは言っても赤土が剥き出しになった禿山がいくつもあり、川の下流では鉱毒問題も起きているという論文(先週金曜に触れた、タイの研究グループが出している2本の論文が鉱毒の原因としているのは、まさにこの鉱山のことだ)が出ているので、なかなかこういう地下資源に恵まれた土地の人々がどう生きていくのかというのは難しいところがある。

晩飯は先週木曜にヘルスセンター所長と鍋を食べた(鍋は美味かったのだけれども爆音のBGMで会話に不自由した)店に行って、魚とエビと野菜に、先週はイカだったが今日はtripeという牛の第一胃を入れた、火鍋みたいな色をした辛い鍋と米の麺に、ニンニク唐辛子ニラ炒めを1皿注文した。飲み物はミネラルウォーターで済ませたので5人で満腹になったが50万キープ未満だった。してみると、先週良い値段がしたのは、イカが高かったのか、それともビールが高かったのか。今夜は途中から隣のテーブルのグループが中国歌謡のようなカラオケを爆音で歌い始めたので、これはどこの音楽か聞いてみたらラオスのポップスらしい。そこからパプアニューギニアだとポップスとしては圧倒的にレゲエが流行っているけれども、村では伝統音楽があってカラオケは流行っていないと思う、という話をしたところ、ラオスにもモーラムという民族音楽があると丹羽さんが教えてくれた。検索してみると、詳しく説明してくれているページがあった。それを現代風にアレンジしたMVIIZというアイドルも存在するらしい、ということでYouTubeでちょっと聞いてみたが、まあ普通にアイドルのコードに乗っていて、歌自体はモーラムらしさはわからず、間奏から少しオリジナリティを感じたくらいだった。モーラムにも、カンボジアのクメール・モホール・ミュージックみたいなジャズアレンジがあっても良さそうな気はするが、どうなんだろう。

ホテルに戻り、明日の朝の打ち合わせ。サワンナケートに移動してホテルでデスクワークをするだけなので、7:30朝食で9:00チェックアウトし、サワンナケート手前の店で焼き鳥を食べようということになった。

メールの返事を打ちながら試験問題を作っていたが、完成しないうちに寝落ちしそうだ。

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Correspondence to: minato-nakazawa@people.kobe-u.ac.jp.

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