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【第1774回】 トラクターで村へ(2018年3月1日)
- 目が覚めたら4:30だった。まあ7時間は眠ったし,そのまま起きてしまうことにした。まだ外は暗いが,鶏の声が騒がしい。パプアニューギニアやソロモン諸島の村暮らしを思い出すこの感じは悪くない。
- 6:20頃まで掛かって昨日のメモを打ちながらメールに返事。便利と言えば便利なんだが,日本の仕事がこんなところまで追いかけてくるのは辛い。7:00から朝食ということになっているので,その前にシャワーを浴びておこう。今日から村に行くが,とりあえず今日は泊まらずにムアンゴイに帰ってくる予定。カウンターパートのドクター・ケイトに通訳+補足説明して貰いながら調査も始めるつもりで,今後の日程を考えると今日中に20人はヘルスチェックしたいところだが,初日はおそらく村長から歓待されて昨日の昼に飲んだ強烈な酒を酌み交わす儀式があるというので,仕事ができる状態を保てるかどうか不安。
- N村へのトラクターの旅は45分くらいだったが,下り坂は迫力があった。朝は靄がかかり,帰りは夕陽に照らされた幻想的な眺めが素晴らしく美しかった。午前中に26人できたので,副村長が経営するレストランで昼飯を食べたときに強い酒を酌み交わす儀式はあったけれども,午後はゆっくり9人やって終わった。予想より多くの人が来てくれたので,明日はもう一つ奥のP村でヘルスチェックして,帰り際に今日の結果を写真付きで参加者に返すことにした。その次の日も奥の村で結果を返してから,健康観の聞き取りをしようと思う。
- 帰り道でムアンゴイのヘルスセンターに寄ったが,入院もできる立派な施設なのに,医師は常駐しておらず看護師しかいないという話だった。そのため,村の人たちは重病になるとノンキアウかルアンパバーンに行くか,または国境を越えてベトナムまで陸路移動するということだった。ただし,村外で臨終すると村に葬ることが許されないという風習があるため,本当に病状が悪化すると引き取ってくるらしい。それはそれで大変だなあと思った。
- 宿に戻ってデータ整理をし,L版の写真用紙に結果と写真を打ち出すのが今日の夜のミッション。
- 19:00から晩飯に出て,美味だったがビールを何杯も飲まされたので仕事ができなくなった。早く眠って明日の早朝からやろうと思う。
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