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【第294回】 絶対リスクと相対リスク(2020年1月26日)
- たしかギーゲレンツァーの本に書いてあったと思うが,絶対リスクと相対リスクの違いは重要だ。統計学的には5%未満の確率しかない現象は滅多にないことだから偶然で起こるとは考えられない,という判定が下されることが普通だった。これは,逆に言えば,5%未満の稀な例外だったら判断が間違っていても諦めましょうという合意とも言える。医薬品の臨床試験で,副反応のリスクを評価する際に,有意水準を5%として検定し,有意差がないから実質的には安全と判定してしまうとしたら,そういう判定を下していることになる。しかし,化学物質の安全性などでは少し厳しい基準がとられていて,10万分の1とか100万分の1未満のリスクを許容可能とすることが多かった。急性感染症の重篤度の評価は,確定診断がついた患者中その感染によって死亡転帰に至った割合,即ちCFR(致命割合)で示されることが多いが,100%の狂犬病とか,数十%以上の高病原性鳥インフルエンザやエボラウイルス感染症に比べると,スペイン風邪や,現在流行中の2019-nCoV肺炎の2-3%という値は小さく感じられるかもしれない。けれども,まあ流行が根絶できなくても仕方ないかと思えるのは,CFRでいうと0.001-0.01%レベル=1万分の1から10万分の1レベルで,季節性インフルエンザとか普通の風邪くらいの低さが社会的に要求されると思う。しかも,これらはすべて相対リスクの話であり,実際にそれらによって増加する死者の人数は,それらに曝露し(て発症し)た人口を掛けた値になる。それが絶対リスクである。分母が小さい高病原性鳥インフルエンザやエボラウイルス感染症に比べるとCFRはずっと低いが,世界に広まったスペイン風邪による死者は2500万人と言われている。新興感染症(それまでヒトの病気としては存在しなかった感染症なので,誰も抗体を持っていない)がどれくらい広まるかはR0によって予測できるが,エボラウイルス感染症やMERSではR0が1未満なのでパンデミックには至っていない。WHOが2019-nCoVの中国国内のヒト=ヒト感染におけるR0を1.4-2.5と推定したということから考えると,よほど迅速に隔離とか行動制限とかワクチン開発して大勢の人に接種するなど感染リスクを下げる対策がドラスティックにとられない限り(もちろん衛生水準や行動パタンが異なる他国ではR0はもっと低いかもしれず,1未満にできるならばパンデミックには至らない可能性もある。麻疹のように飛沫核感染するためR0が10を超えるような感染力だったら,ワクチンができてR0でなくRt[実効再生産数]を1未満にすれば良い状況にもっていけない限り,ほぼ制御不能だが,このウイルスの感染力はそこまで高くない),このウイルスが広まってしまう可能性が高いことを意味する。米国CDCは,CFRが季節性インフルエンザと同じ程度だった2009年のA型インフルエンザ(H1N1)pdmについて,米国内の1年間の累積罹患率が6100万人,死者が12470人という推定値を出しているが,これだけ多くの人が罹患してもそれほどインパクトが大きくなかったのは,ひとえにCFRが小さかったからだ。もしあの時と同様なパンデミックが起き,大雑把に考えて人口の1/5が罹患するとしたら,世界人口のうち14億人が罹患することになり,CFRが2%もあったら死者は2800万人という,それこそスペイン風邪に匹敵する大惨事になってしまう。R0をこれまでの推定値より小さくできてヒト=ヒト感染を抑え込むことができればまだ良いが,そうでなかったら,現在は存在しない治療薬を早急に開発してCFRを下げないと,絶対リスクとしてはスペイン風邪に匹敵する大惨事に至る危険がある。WHOは10日以内に再びPHEICにするかどうかの会議を開くとしているが……。
- 玄米ご飯に千切りキャベツを添え,レトルトハッシュビーフを掛けて朝食という手抜き。名谷キャンパスへ出勤し,修論チェックと公衆衛生学の講義資料印刷をする予定。
- 公衆衛生学の講義準備が終わった時点で夕方。
- 人口学会の大会参加登録と発表申請ページの英語版を作ってから,国際協力研究科の院生の修論チェックをしていたら20:30近くなったので帰途に就いた。
(list)
▼前【293】(修論チェック(2020年1月25日)
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