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【第303回】 採点とか審査とか(2020年2月4日)
- 6:30起床。豚肉野菜炒めとレトルト玄米ご飯で朝食。今日は昨日の期末試験の採点と,修論の個別審査など。マラリアスペシャルセミナーの打ち合わせもしなくては。
- 昨日付けでNatureに載っていた論文(Zhou, P., Yang, X., Wang, X. et al. A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2012-7)は,2019-nCoVの起源について,患者5人から得られたウイルスの全ゲノム解析の結果,SARSコロナウイルス(SARS-CoV)とは約8割相同,コウモリに感染していたコロナウイルスの中に96%相同なものが見つかったので,たぶんコウモリ由来の新しいウイルスだろうとする論文。細胞に侵入するためのレセプターとしてはSARS-CoVと同じくACE2を利用していることも確認したとのこと。
- 多くの医師が軽症患者が見つかるようになるからCFRが下がると思っていて,メディアやSNSでそのようなコメントを拡散しているのが目に付くが,発症と死亡のタイムラグもあるので,中国と日本の治療水準(コロナウイルス肺炎に効く薬があるかどうかはまだ研究中で不明だし,重症化したときの全身管理の良さとかの話になると思うが)に大きな違いがないなら,CFRはそんなに変わらない可能性も小さくない。何度も書いたように2~3%というCFRは季節性インフルエンザより2桁以上大きいので,仮に1/10になったとしても,R0が2前後のまま広がってしまったら,社会には絶対リスクとして大きな影響がでる。これは当時既にインフルエンザウイルスに効く薬が存在し,CFRが季節性インフルエンザと同じかむしろ小さいくらいだったInfluenza(A)H1N1-2009pdmとはまったく違う点だ。感染症専門医の中でも,この辺りを正しく認識されているのは高山先生の発言しか目に付かない。
- 2019-nCoVのメモとリンク,先頭のリンク集と,後半の時系列メモの間に,感染症疫学の基礎の基礎みたいな説明を図入りでしておきたいところだが,今そんな時間はない。
- 10:00から他研究室の博士課程の院生の統計相談に応じていたら1時間近く掛かった。禁じ手には反対するしかなかろう。
- 例のルナルナと成育医療センターのデータについて。sradにスレッドが立ったのでコメント。成育医療センターのプレスリリースには,「医師向けの教科書などに掲載されている月経や妊娠に関する基礎的情報は、1950年代の米国でのデータを参照しています。また、米国の調査は研究対象者数が650人(3万月経周期)と少なく正確性に疑問があり(…中略…)経験的な医学知識として、10代の女性では月経周期が不安定であること、閉経年齢が近づくと月経周期が長くなることが知られていましたが、20代、30代における月経周期が一定なのか変化するのかはよく分かっていませんでした」とあるが,生物人口学や生殖内分泌学分野では基本文献と言って良い,Wood (1994) Dynamics of Human Reproduction, Aldyne de Gruyterを読んでないのだろうか。同書第4章(p.133-134)に,▼ヒトの月経周期についての研究では常に年齢が周期の長さと関連する主な要因であることはわかっていた,▼米国女性2702人を平均9.6年間フォローアップした研究(オリジナルはTreloar et al., 1967)で,実年齢よりも婦人科的年齢(20歳未満では初経からの経過年,40代では閉経までの年数)との関連が明らかで,20代から40代に掛けて緩やかに短縮していき,閉経前の3~4年は再び延長すること,が書かれている。Treloar et al., 1967から収録された同書図4.30を見ても,20歳から40歳の間は短縮していき,その後延長していく傾向は明らか。そういう意味では,今回の知見は,現代の日本人の大標本データで示した点に意味はあると思うが,結果としては,ほぼ従来からわかっていたことが確認されただけ。リリースはちょっと誇大か(「今まで知られていなかったことがわかった」というのと,「環境条件や栄養状態などが異なる現代日本の大標本データでも傾向としては変わらなかった」というのでは,研究として意味するところがまったく違うので,先行研究を正しく把握して引用して欲しいと思う。ただし,今回のデータはいろいろな研究に使えるポテンシャルをもっていて,例えば,スマホアプリでデータをとったのならば位置情報が使えるはずなので,マクリントックとストラスマンの寄宿舎効果論争を検証することもできるかもしれない)。
- 修論審査2件終了。口頭試問もしたが,それ以上に論文のbrush upのためのコメントを大量にした。それを生かしてどこかに発表するところまで持っていってくれたら嬉しい。今年自分が指導している4人の修論も,全員publishできる内容があるので,文章や形式を整えて流れを整理し,なるべく早くpublishさせてあげたい。
- WHOが状況報告第14報で2019-nCoV患者の空間分布についてのダッシュボードを開発したことを報告した。Johns Hopkinsが既に開発して公開しているものと同じく,ArcGISのサーバを使ったシステムだが,微妙に数値が異なるのはソースにしているデータが違うのだろう。
- 指定感染症も全数報告なので症例の届出基準を定める必要がある。医師の届出基準の新旧対照表が出ていた。
- 北大の西浦さんのPress Conferenceがあった。英語だがわかりやすい発表だったと評判。(以下多少誤解していたので修正)従来のCFRに代えて感染致命割合(Infection Fatality Risk)の推定値が0.3-0.6%とのことで(JCMに掲載された第2弾によると,伝統的なCFRであるcCFRや,発症した人だけを分母とするsCFRでは
,感染の半分が不顕性感染者から起こっているという推定結果からすると(20200228修正:この部分,この論文に書かれていたことではなかったので削除します)ナンセンスなので,不顕性感染者も含めた全感染者数を分母として計算された新しい指標値であり,実はCFRが低かったのだというわけではない),相対リスクとしてはあまり大きな値と感じないかもしれず,臨床のセンスだと大部分は軽症だと判断してしまうかもしれないが(無闇に検査対象を広げるなとか指定感染症の指定を外せという岩田健太郎先生や堀成美さんのtweetはそういうことだろう),この数字はアジアかぜと同等で,季節性インフルエンザや2009年の新型インフルエンザとは桁違いに大きい。IFRやCFRは医療水準の違いも吸収する数字なので,スペインかぜやアジアかぜの時とは医療水準が違うということは気休めにもならない。仮に5000万人感染してIFRが0.3%だったら15万人が亡くなることになり,一気に死因のトップ5に入ってしまう。ともかくリンクを辿れる間は封じ込めの努力を続けながら(もっとも,不顕性感染や軽症でも感染力があるという知見は確からしいので,公衆衛生行政としては,現状の水際作戦や移動制限にはあまり意味が無いと思われ,そのうちリンクを辿れなくなる前提で対策を考えておくべきだろう。たぶん高山先生ならその辺りわかっておられると思う),治療薬やワクチン開発の努力もし,重症化因子を特定し,重症化した人を収容できるだけの医療施設の体制を整える必要がある。現段階で2009年の新型インフルエンザレベルと思ってしまうのは間違っている。公衆衛生的には,こういう数字の感覚が大事だ。
(list)
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