Latest update on 2021年7月4日 (日) at 18:43:39.
6:30起床し,シャワーを浴びて適当に食事を済ませて名谷キャンパスへ出勤し,夕方まで入試の監督をしていたため,メールチェックもできず。COVID-19関連の情報のキャッチアップをするだけで大変だが,メールで入ってくるいろいろな急用への対処も必要で,20:00を過ぎたがまだメールへの対処さえ終わらない。疲れた。でも重要なことはメモしておく。
検査性能の指標として感度と特異度が基本であることは確かだし,実際にそれを使って検査をしたときの偽陽性については有病割合が影響するから陽性的中率を考えなくてはいけないというのも基本ではあるが(感度や特異度が100%近くあっても,有病割合がきわめて低かったら陽性的中率が低くなるから,そういう集団に対するスクリーニングは推奨されない。この辺りの基本は,どの教科書にも書いてあるが,疫学講義の中でスクリーニングについて喋った回や,検査情報解析学の講義の資料をご覧いただくと良いかもしれない),COVID-19の場合,話はそんなに簡単ではない。この点,そこそこ疫学を勉強していそうな人でも誤解している場合があるので,説明してみる。
通常の感度と特異度の計算は,既に確定診断がついている患者群をある検査法で検査したときに陽性という結果が出る割合が感度(sensitivity),患者でないことがわかっている群をその検査法で検査したときに陰性という結果が出る割合が特異度(specificity)となる。
ところが,COVID-19をリアルタイムRT-PCRで検査するという方法は,確定診断の手段なので,原理的に,既に確定診断がついている患者群を検査することができない。従って感度も特異度も求められない。リアルタイムRT-PCRで2019-nCoVが検出されたらCOVID-19の患者と判定され,検出されなかったらCOVID-19の患者ではないと判定されるのだから,無理矢理計算すれば,感度も特異度も100%になるはずである。症例定義の要件に含まれる検査項目について感度や特異度を考えることは原理的にはおかしい。
ではなぜ,感度が30%から50%だとか,特異度が90%とか99%と言われるのかといえば,時間をおいて何度か検査すると,最初陰性だった人が陽性になる場合が多々あることから,本当は感染していたのに最初はそれを検出できなかったと推論するからだろう。しかし,1回目に測ったときは本当に感染していなくて,後で感染したのかもしれない,という可能性も同等に存在するので,この推論は万全ではない。厳密な感度や特異度は,後付けでは計算できない。もちろん,その推論が正しい可能性もあるが。
仮に推論が正しかったとした場合,複数の検査の組み合わせによって,感度か特異度を上げることはできる。ただしトレードオフである。例えば,2つの検査がともに陽性だった場合のみ陽性と判定する,としたら,特異度は上がるが感度は下がる。逆に,どちらか1つでも陽性なら陽性とする,としたら,感度は上がるが特異度は下がる。現状,2019-nCoVのRNA検出のプローブは2つ使われていて,1つは2019-nCoVに特異的な配列で,もう1つは他のウイルスでももっている可能性が多少はあるものらしい(この辺,ちゃんと文献を読み込んでいないので間違っているかも。ただ,この流行初期にHIVのRNAが入っているとした誤報は,HIVだけではなく,コロナウイルスにも元々あって不思議はない配列を検出のターゲットにしてしまったことによるので,2019-nCoVなら共通して持っているが他のウイルスは持っていない,という配列を決めるのは,そう簡単なことではないようだ)。少なくともいくつかの論文では,ともに検出されたときのみ陽性と判定されていたので,その分,特異度は上がるが,感度は低くなる。
もっと難しいのは,すべての検査には検出限界があるということだ。狂牛病が流行したとき,日本の農水省は,人々の「安心」を重視して全頭検査を実施したが,生後1年未満の仔牛ではプリオン濃度が検出限界以下なので,検査しても検出される可能性がなく,生後1年以上の牛だけ検査すれば十分だという批判はあった。あの全頭検査には,確かに安心を与える以上の意味はなかった。ただ,検出限界以下のプリオンしか含まれていない肉であれば,nvCJDを起こす可能性はほとんどないと考えられたので,一様に検査することで「安心」は得られた。2019-nCoVの場合,咽頭や鼻腔からのスワブの濃度が検出限界以下(おそらく無症状の人に多いと思われる)であっても,その人に感染力がないとは限らない(病原体の常識に反しているが)。微量なままでも,唾液などに混じって飛んだウイルスが,飛んだ先の人の体内に入って増殖してしまうかもしれない。検出限界以下である可能性が高い人についての2019-nCoVの検査には,早期発見しても有効な重症化防止の治療法があるわけでもないのはもちろんのこと,感染拡大防止の意味もないことになる(トートロジーのようでくどいが,敢えて書いておく)。
しかも,リアルタイムRT-PCRをBSL2以上のラボで実施できる検査能力が限られた施設にしかなく,感染が広がらないような対策や患者の生命を維持できるための設備を備えたベッド数も限られているという現実があり,すぐにはその増設ができない(前者は民間検査会社や大学と協定を結べば物理的には増やせるかもしれないが,後者はすぐには無理だろう。厚労省は既にどうしても足りない場合は一般病床でも受け入れられるように通知を出しているが,日本の病院の病床稼働率はかなり高いので,他の病気で入院中の人を追い出すこともできないとすれば,「スクリーニングで検査陽性=病院に隔離」としたら,高い確率で病床がパンクする。そうなったら,COVID-19以外の病気による死者も増えてしまう可能性があって,最悪の場合,医療が崩壊する)。そう考えてみると,ある程度症状がある人しか検査しない,というのは,合理的な判断といえるだろう。
問題は,どこで線を引くかだと思う。4日以上37.5℃以上の熱が続くという条件は,重症化リスクの判定基準としては限定されすぎているし,エビデンスも乏しい。もちろん,以前から提案している症例対照研究がなされていないので,もっと感度の良い重症化基準は見つかっていないということなのだが,短期で重症化する場合もあるのだから,昨日も書いたように,とりあえず,肺炎になったかどうかを重症化リスクの判定基準にしたら良いのではないかと思う(1月末のクローズアップ現代プラスで田代先生が図解されていたように,おそらく無症状だったり軽症のまま治る人の多くは,ウイルスが上気道にとどまっていて,肺に到達していないということだとすれば)。以前,岸田直樹さんがtweetで提案されていたが,パルスオキシメータでSpO2を測ることは自分でもできるので,自衛のためなら,95%以下が続くなら(成人市中肺炎診療ガイドラインによれば90%以下でA-DROPのスコアが上がるが,COVID-19はそもそも非定型肺炎として報告されたことを思い出せば,あまりそこに拘らず,肺炎の可能性が高ければ,という基準で良いように思う),受診相談の電話を掛けて良いのではないだろうか。
そう思っていたら,今日発表された新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(それを含む厚労省から対策本部に提出された資料)に重要な情報が載っていた(失望したというtweetが多いが,いくつか重要なポイントが,政治家に気づかれないように,こっそり書かれているように思う)。「現行」では,「感染症法に基づく医師の届出により疑似症患者を把握し,医師が必要と認めるPCR検査を実施」+「積極的疫学調査により濃厚接触者を把握」となっていて,リンクが辿れなくなった現在,地域クラスターを過小評価する危険があるのだが,「今後」は,地域クラスターと認定されれば「入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査に移行」なので,中等度以上の肺炎の可能性があれば4日待機しなくても入院治療を受けつつ検査できるようになる。さらに重要なポイントとして,地域クラスターは,新たに設置された「クラスター対策班」(リンク先を見ると,これが本気で作られた組織であることがわかる。昨日触れた「新組織」はこれだった)が検出することになっている。このチームならば,数理モデルを使って,不十分な検査データからでも検出してくれるだろう。たぶん,この移行により,検査とベッドの制約条件下での最適配分が行われると期待する。
大変難しい仕事だと思うが,このチームが力を発揮できれば不可能ではないと思う。逆に,最終的な死者数を最小限に抑えること以外の視点から,このチームに政治圧力が掛かって力を制約されてしまったら,医療がもちこたえられる可能性が大きく低下する。世間一般の人たちは,そこを監視して欲しい。
国内患者について未検査コンパートメントを含むモデルを作って真の感染者数を推定する,という研究はまだ見当たらないが,西浦さんのグループの誰かはきっとやっているところだろう。この数日忙しくて,新しい論文がフォローできていなかったので,ざっと見てみた。
インペリグループの第6報は,ハーバードのMarc Lipsitch教授のグループが2月11日に出した論文と同様な手法で同様な結果が得られ,中国以外の国に,おそらく未報告の感染者がかなりいるのだろうと論じている。
西浦さんのグループからJCM特集号のEditorialとして出たKobayashi T et al. "Communicating the Risk of Death from Novel Coronavirus Disease (COVID-19)"(2020年2月21日掲載,https://doi.org/10.3390/jcm9020580)は,感染症の重症度の指標としてCFRがよく使われるが,感染から死亡までのタイムラグのため過小評価されやすいこと,無症状や軽症の人が報告されないため観察されたデータが感染者全体を代表していないこと,限られたウイルスが検出できる期間に感度の低い検出方法で推定された死亡リスクは本当はもっと小さいこと,の3点が問題で,保健当局は死亡リスクの不確実さに対処せねばならないし,これら3点に正しくアドレスできるアプローチを使ってハイリスクな人を同定しなくてはいけない,と書いている。また,多くは軽症だが,季節性インフルエンザよりも若年成人の死亡リスクは高い,とも書いている。同じくJCM特集号に原著論文として出た,Anzai A et al. "Assessing the Impact of Reduced Travel on Exportation Dynamics of Novel Coronavirus Infection (COVID-19)"(2020年2月24日掲載,https://doi.org/10.3390/jcm9020601)は,1月2月の中国の旅行制限によるCOVID-19へのインパクトを統計モデルで評価している。アウトカムとしては,輸出症例数,大流行の確率,大流行までの時間遅れ,の3つを使っている。症例数については,57日目までの輸出症例数にポアソン回帰を当てはめ,58日目から67日目まで外挿して推定される輸出症例数と,実際のその期間の輸出症例数の差を合計して,旅行制限による減少とみなしている。1人の輸出感染者からの二次感染者数の分布を負の二項分布として絶滅確率πを求め,追跡不能例数がnとして,1-π^nを大流行の確率とし,旅行制限による減少があった場合の輸出症例と減少がなかったという反事実モデルでの輸出症例による大流行の確率の差を,旅行制限による大流行の確率の減少としている。時間遅れは指数関数を当てはめて計算している。結果として,1月28日から2月7日の間に,旅行制限によって226の輸出症例(中国の外での症例の70.4%)が防がれ,日本での大流行の確率が7-20%減少し,2日の遅れ(モデルによっては1日)であることがわかったので,制限による経済損失とバランスするくらいのインパクトではなかったかと結論している(20200226注:結果のところ,若干見間違いというか誤読していたので修正しました)。
これまでにも何度か書いたが,現代の日本では,公衆衛生学が構造的に軽視されている。医師法,歯科医師法により,公衆衛生は医師と歯科医師が掌ることになっていて,医師国家試験や歯科医師国家試験には公衆衛生学の問題がたくさん出る。けれども,医学生や歯学生の大半は臨床や基礎に興味があって,公衆衛生学は退屈な暗記科目としか思っていないので,本質的な理解が足りない。さっき書いたような,感度や特異度のより深い理解はできていない人も多い。致命割合の理解も浅く,CFRとIFRを混同する人が珍しくない。
厚生労働省には文系の官僚だけではなく,医系技官と呼ばれる職種があるが,医師と歯科医師だけに受験資格があって,合格したからといって公衆衛生学を本質的に理解しているとは限らない。入省後に海外のSPHに留学させて貰って公衆衛生を学ぶ場合もあるが,仄聞する限り,どうしてもプラクティカルな側面を中心に学ぶ人が多いようだ。
しかも,かつての医学部には公衆衛生学教室と衛生学教室が別々に設置されているのが普通だったが,今は多くの大学でどちらか,あるいは統合されたものしかなく,神戸大学医学部医学科のように,公衆衛生学教室が存在しない大学もあるくらいだ(もっとも,公衆衛生学教室であっても,本当に公衆衛生学全般をカバーするような研究・教育活動を十分にしてきた教室がいくつあるのか,といえば,そんなに多くはない気もするが)。
せめて厚労省に公衆衛生学修士(MPH)の採用枠をある程度多くの人数作っておいてくれれば,今回のような場合にリーダーシップをとったり実働部隊として動いたりということが,もう少しはマシにできた人材になったのではないかと思う。強い根拠があるわけではないが,とりあえず思い出したので書いておく。
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