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【第327回】 理論疫学の行政への反映(2020年3月2日)
- 既に書いたように,クラスター対策班の設置は,理論疫学研究に基づいた政策判断であり,これまでのところ,専門家会議がやったことの中で,最大の意義はこれだと思う。そのクラスター対策班から,日本でもR0のばらつきが大きいという分析結果(NHKの記事とその英語版はあるが,学術媒体にはまだ見当たらない)を出し,それに基づいたメッセージが厚労省のサイトで公表され(家族に感染が疑われた場合の8つの注意も,クラスター発生を抑える視点で書かれている。狭小な居住環境ではかなり難しいのが問題なのと,休校になってしまったことにより軽症の子供が在宅で過ごす場合にどうすべきかのメッセージも必要と思うが),厚労大臣からも発表されたのは大きい。疫学の知見が政策実装される大きな一歩(まだ初めの一歩だし,本当はすべての公衆衛生政策は疫学や医療経済学や行動経済学などの科学的知見に基づいて行われるべきだと思う。英国ではかなりそうなっているが,これまで日本ではほぼ皆無だった)。クラスター対策班がやっている対策が奏功して流行が終息すれば,世界の疫学や公衆衛生学の教科書に載るくらいの偉業。人は必ずしも合理的に行動しないし,全国一斉休校みたいな政治の暴走が邪魔をする可能性もあるので,油断はできないが。
- 岸田さんがこのtweetで紹介している,渋谷先生が作られた「感染予防のために、できること」というポスター(?)は良いデザインと思う。きれいなので,多くの人に届きそうな気がする。あと2パネル,換気と人混みを避けることを追加したら完璧かと思うが。
- 英国の保健大臣のCOVID-19と政府戦闘計画についてのプレスリリース。英国はまだリンクを追えている段階なので,封じ込めに全力を挙げているが,そのためにも20秒の手洗いが重要とか,パンデミックインフルエンザとCOVID-19の違いを踏まえてパンデミックインフルエンザ対策計画を修正して作るので,効果的なCOVID-19対策計画を迅速に作れる予定だとか,「政府とNHSは24時間週7日間体制でウイルスと闘っているが,それだけではウイルスと闘うことはできない。全ての個人がウイルスの拡散を制圧する助けになるための役割をもっている。もっと頻繁に手を洗うとか,くしゃみを捕まえる(訳注:咳エチケットのこと)とか,症状があったら救急に行くのではなく,NHSの111番に電話して得られる臨床的なアドバイスに従うとか」といった内容だが,日本にない動きとしては,引退した医療従事者を緊急登録すると言っている。在宅勤務を奨励したり,不要な旅行を控えて貰うことで,アウトブレイクのピークを遅らせるといったことも言っている。COVID-19を制圧するためには,英国でも,個人個人の協力が必要,と訴えるスタンスは日本と同じ。
- Twitterではやっぱり議論するものではないな。消耗する。
- メールの返事とか,留学生が日本語の書類に埋めなくてはいけない項目を英語で説明する書き込みをしてスキャンして送るとか,4月入学予定の博士課程院生の長期履修申請の指導教員所見への記入といった事務仕事が忙しくて,査読も原稿書きも進まない。Twitterでの返事が十分にできないがご容赦願いたい。
- 北海道での確定診断がついた人77人に対してシミュレーションで求めた感染者数推定値940人というNHKニュース(西浦さん,とうとう論文発表よりも国民への周知を優先することにしたのだろう)だが,JCMのEditorial第2弾(IFRが0.3-0.6%と推定したもの)でも,感染者の10%程度が確定診断されているということだったので,割合としてはそう大きく変わらない(20200303注:これ,見出しに引っ張られてしまったが,2月25日時点での北海道の確定数は35人だったので,3%程度で,3倍違っていた)。物凄く大雑把に言えば,たぶん現在の日本の感染者数は数千人のオーダーだと思う(肺炎なのに検査されていない割合が他より高かったら,もう少し多いかもしれないが,たぶん桁は変わらないのではないか)。ただし,マスギャザリングなどで既に感染していた人が急に発症し始めたりしたら,実はもっと多かったのだと,翌週になってからわかるという可能性はあるかもしれないが。
- ぼくは会員ではないが(かつて査読したり研究会に呼ばれて喋ったことはある),日本疫学会が新型コロナウイルス感染症特設サイトを2020年3月2日付けで公開した。まだ立ち上げたばかりでこれから充実させる予定らしい。基礎知識として用語解説を丁寧に書いているのはありがたい。これから期待したいのは,FergusonやLipsitchや西浦さんのグループの理論疫学研究の紹介や,用語解説のところに,感染症疫学用語だけでなく,検査性能についての臨床疫学用語も追加してくれること。
- 厚労省のサイトに,「新型コロナウイルス感染症対策の見解」と,新型コロナ いま、広げないためにというポスターが掲載されている。前者は北海道の特徴や必要な対策について突っ込んだ提言をしている。北海道を地域クラスターとして認識し,できる限り多くの人に,「軽い風邪症状(のどの痛みだけ、咳だけ、発熱だけなど)でも外出を控えること」と「規模の大小に関わらず、風通しの悪い空間で人と人が至近距離で会話する場所やイベントにできるだけ行かないこと(例えば、ライブハウス、カラオケボックス、クラブ、立食パーティー、自宅での大人数での飲み会など)」を呼びかけ,同時に「症状のない方にとって、屋外での活動や、人との接触が少ない活動をすること(例えば、散歩、ジョギング、買い物、美術鑑賞など)、手を伸ばして相手に届かない程度の距離をとって会話をすることなどは、感染のリスクが低い活動」とも書いている。最後に,全国の10代から30代に向けて(念のため書いておくと,症状があまり出なくて感染を広げる「若年層」というのはこの世代のことで,小学生ではないので,休校要請とは何の関係もない。その点,誤解やデマを広げないように注意されたい),人が集まる風通しの悪い場所を避けることも求めている。ポスターはリスコミの手段の1つとして作られたのだと思われる。
- 長らく絶版だった川端裕人『エピデミック』(リンク先は自分が書いた書評)が電子本化されて,角川のBook Walkerで予約購入可能になった。エンターテインメントでありながら感染症疫学の正しい理解にも役に立つという一石二鳥の本。
- 終電で帰宅。
(list)
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