最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
コン・ティキ号探検記 | ちくま文庫 |
著者 | 出版年 |
ヘイエルダール・著(水口志計夫・訳) | 1996(ハードカバーは1956年初版) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
小学校3年のとき,夏休みの読書感想文の課題図書として指定されていたのが,これの簡約版「コンチキ号漂流記」(偕成社)であり,ぼくにとっては特別な意味をもつ本である。下記URLにも書いたように,本書は著者が南米からポリネシアへの筏による民族移動の可能性を示すために古代の筏を再現して実際に実験航海を成功させた話で,学問という営為のエッセンスが余すところなく描かれているのだが,志をもって打つべき手を打てば願いは叶うのだという人生哲学を体現した点で,すべての若者に薦めたい名著である。訳はところどころ読みにくいところもあるが,なかなかの美文である。小学生のときには気づかなかったが,彼らの実験航海は第二次世界大戦終結直後に行われており,当時のポリネシアがフランス植民地であったり,クヌートとトルステインが戦時中に特殊無線技師として活躍していたとかいう話を読むと,時代背景が伺えて興味深い。もちろん,本書を特徴づけるのは太平洋の大海原とそこに棲む生物たちへの尊敬の念と愛であり,その生き生きとした描写は卓越している。
訳者あとがきによれば,ヘイエルダールは,コン・ティキ号のあとにも,葦舟ラー号による大西洋横断とか,葦舟ティグリス号によるメソポタミアからアフリカへの旅とかいった形で,実験航海を何度も行っている。実験航海という研究スタイルは,「昔の技術では移動不可能だったはず」という盲信を打破するための反証を提示する作業であり,彼自身の仮説を直接サポートする証拠を得るには別に発掘作業が必要であるが,彼はイースター島などで発掘も行っており,一流の研究者であることがわかる。
この文庫版は,(もちろんモノクロだが)写真がいくつも掲載されており,それも興味深い。197ページの筏の上に鮫がごろごろしている写真など,他ではなかなかお目にかかれまい。