最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
数学者の休憩時間 | 新潮文庫 |
著者 | 出版年 |
藤原正彦 | 1993 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
お茶の水女子大の数学の教授にして,藤原てい,新田次郎夫妻の次男である著者のエッセイ集である。
情緒の大切さを再三強調しているのはいつも通りだし,つい苦笑を誘うやせ我慢の語り方は一流と思うが,このエッセイ集でぼくがとくに気に入ったのは,次の2つである。
「とっておきの日常生活」には藤原さん夫妻がラマーズ法での出産を成功させるまでの紆余曲折が書かれているのだが,実はぼくと妻も飯田橋の助産婦会館の建物にある八千代助産院でラマーズ法で出産しており,もちろん立ち会ったので,藤原さんの心境は手に取るようにわかるのだった。あそこの助産婦さんの語ることはすごいのだ。それをきちんと受け止める藤原さんも,あの年齢の男性としてはさすがである。分娩の瞬間の奥様の表情に向ける視線の素直なこと。ぼくもまったく同じ感情をもったのだが,それを文章にして語ることができるのは,やはり才能であろう。
「サウダーデの石」は,新田次郎氏の遺作の足跡を追ってポルトガルを旅した紀行文なのだが,現実の旅と人生という旅がオーバーラップする様子があますところなく書かれていると思う。これも愛(藤原さんの言葉では「情緒」というのにも近いが)の深さ故であろうか。