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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『クロモソーム・シックス -第六染色体-』

書名出版社
クロモソーム・シックス -第六染色体-早川書房(ハヤカワ文庫)
著者出版年
ロビン・クック(林 克己訳)1998



Jul 24 (fri), 1998, 18:47

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

ジャックとローリーの監察医コンビが活躍する医学サスペンス小説。ロビン・クックの中では,あまり出来のいい方ではないが,そこそこは楽しめるか。

天才科学者が,ボノボ(ピグミーチンパンジー)にヒトのMHCを含む第六染色体短腕などを形質導入することに成功して,巨大バイオテクノロジー企業が,遺伝情報を提供したもとの人の臓器がおかしくなったときに移植するという事業を始め,うまく行っていた。MHCだけではなく他の情報も導入したために人為的に「進化」(ということには抵抗があるが)が起こり,ボノボたちが直立二足歩行をし火を使うようになっていることに気づいた天才科学者は,良心の呵責からボノボたちを解放しようとする。それと同時に移植を受けたマフィアが殺されて監察医務院で解剖を受けることになり,ジャックとローリーは何かきわめて奇妙な臓器移植が行われていることに気づく。最後はみんな赤道ギニアに集合して・・・という筋。物語としてはさすがにロビンクックで,随所に散りばめられたサスペンスの盛り上がりはうまい。すらすらと読まされてしまう。読者にははじめから真相がわかるので,登場人物たちがどうやってこの悪事を止めさせるのか,というカタルシスを楽しむ筋立てであり,そういう意味では成功していると思う(訳語に関しては,相変わらず会話文の訳はミスマッチと思うが,Contagionのテレーズよりは許せる)。また,たぶん現地取材したのだと思うが,熱帯の雰囲気の描写はうまい。

しかし,ちょっと「ええー」と開いた口が塞がらなくなる点もいくつかあった(ボノボの行動については,遺伝子導入した動物であるという設定だから,文句は言わないけど)。以下,ネタバレを含むので,未読の方は読まない方が良いかも。

一つは,赤道ギニア政府の描かれ方である。1983年から民主化路線を歩んでいるような国を,ここまで酷く書いていいのだろうか? フィクションとはいえ,あんまりだと思う。

二番目は,「天才科学者」ケヴィンが,倫理観に目覚めた後で,遺伝子導入ボノボを本土の森に逃がすという行為に出ることである。予測できない結果を招いた遺伝子導入の結果の動物なのだから,それを森に放つなんて生態系の攪乱を考えない行為を,「天才科学者」がするだろうか?

三番目は,医師であるジャックとローリーが,アフリカに行くのに,「ぼくたちは注射の用意をして,マラリアの予防を受ける必要がある。免疫のできる期間をもっと取らなくちゃならないが,・・・」なんて言うところである。もしかしたら訳がまずいだけなのかもしれないが,予防注射は黄熱病とか狂犬病のに違いない(黄熱ワクチンのCertificateは接種後10日経たないと有効にならないのに,なぜそれが必要な赤道ギニアに接種翌日から入国できたのか,というのも変だが)し,マラリアに対してはワクチンはない。http://www.cdc.gov/travel/cafrica.htmくらいみればメフロキンの予防内服が推奨されることが書いてあるのだから,これはロビンクックの不勉強といわざるを得まい。医学サスペンスである以上,こういうところが甘いと興醒めしてしまうのである。

ContagionとInvasionの書評も下記URLに書いてある(ただし英語)ので,関心のある方はどうぞ。ちなみに,Invasionは傑作である。


Sep 28 (tue), 1999, 10:58

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

最近,Princeton大学教授リー・シルバー氏のヒト・クローンについての発言を知り,2番目の疑問点は引っ込めることにした。天才科学者だとしても,生態系影響なんてことは思っても見ないということはありうるかもしれない。


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