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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『野生の国の獣医(Vet on the wild side)』

書名出版社
野生の国の獣医(Vet on the wild side)ちくま文庫
著者出版年
デイヴィッド・テイラー(David Taylor) 武者桂子[訳]1998



Sep 26 (sat), 1998, 11:34

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

そうだよなあ。大型動物の治療は特殊技術だから,そんなものに通暁した獣医は世界でも何人もいないのだ。考えてみれば当たり前の話だが,動物園やサーカスや水族館の大型動物がどうやってケアされているか? なんてことは普段真剣には考えないので,本書を読むまでそれがいかに面白いエピソードの宝庫であるかということに気づかなかった。

タイトルには偽りありで,決して「野生の」動物を診察しているわけではない。著者は,飼われている動物を治療し,生かしておくことを生業としている。ただ,それが家庭のペットのイヌやネコではなくて,ゾウだったり,シャチだったり,パンダだったりするだけのことである。しかし,面白い。たとえば,サメをキューバからヨーロッパに運ぶための試行錯誤とか,白いトラに麻酔をかけたら死にかけた話とか,想像を遙かに超えている。人間観察もなかなか鋭くて,かつ冷静で,ライオンがテレビスタジオで糞をした事件の顛末とか,アラブ首長国連邦のタカの飼い主たちの我儘とか,大笑いしてしまった。ただ,(死なせたことも何度もあると思うのだが,)治療がうまくいった話しか書かれていないのが,エンターテインメント性を高めるとともに限界も作っていると思う。そこが惜しい。

著者テイラーは,ある意味で典型的な英国人である。小さな魚は餌だが,イルカは友達だ,という類の人である。そもそも,唯我独尊か種差別主義か,そうでなければ神の存在でも信じていない限り,獣医なんて生業にできないと思うのだが,彼は敬虔なクリスチャンである。キューバ動物園には二度と行かないと彼に決意させた事件についての記述に,彼の世界観がもっともよくあらわれている。必ずしも共感はできないのだが,きっと良い獣医なのだろうな,と思った。

訳文もこなれていて読みやすくお薦めできる。ただ,引っかかったところが一カ所。『「マントヒヒ」というのはギリシア語で「樹木の精」の意味である。』と書かれていたのだが,「マントヒヒ」は和名だからそんな筈はない。英語では,hamadryas baboonまたはsacred baboonだから,たぶんhamadryasというのがギリシア語起源で「樹木の精」の意味なのだろうから,せめて,『マントヒヒ(hamadryas baboon)というのは,もとはギリシア語で「樹木の精」の意味である。』くらいに訳してもらわないと。


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