最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
夏のロケット | 文藝春秋 |
著者 | 出版年 |
川端裕人 | 1998 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
本書は,第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞作である(本日配本)。作者自身の言によれば,ミステリーというよりも青春小説だということだ。その通りだと思った。
久しぶりにワクワクする小説であった。人生は意思の力で変えることができる,という強いメッセージが託されているのを感じた。それぞれ個性の強い5人(6人?)の主人公たちも魅力的だが,わきを固める技術者たちが良い(「技術立国日本の自叙伝」に出てきそうな,職人気質の,自分の仕事に誇りをもった技術者たちの,若者をサポートする仕事ぶりが心地よい)。私見だが,青春小説の重要な要素は性善説を描ききることだと思う。その意味で,岩本隆雄「星虫」「イーシャの舟」はすばらしい青春小説なのだが,本書も勝るとも劣らぬ名作であると断言できる。読んでいて,「混ぜてくれよー,有人飛行なら生物関係の専門家も必要でしょ?」と何度思ったことかしれない。
粗筋は,高校時代に「いつかは火星に」を目指して模型ロケットを作って飛ばしていた5人の仲間が,30前後になってから1人の呼びかけをきっかけに集まり,自分たちで有人宇宙ロケットを開発して飛ばしてしまうという話だ。これに過激派グループのミサイル密造を軸にしたサスペンスが絡んできたりするわけだが,主軸はあくまでも「夢を叶える」話である。技術的にどの程度妥当なのかは航空宇宙工学の専門家に聞いてみないとわからないが,作者の川端裕人氏は日本テレビの記者時代から綿密な取材をする人なのでたぶん信用して良いだろう。少なくとも矛盾は感じないし,素人には納得がいく程度には書き込まれていて,ぼくは十分楽しめた。サスペンス関係の警察の動きなどはやや疑問に感じるところもあるが,それは本筋ではないので些細な問題である。
文体は,ハードSFによくある迫力ある描写でたたみかけるパタンではなく,どちらかといえば叙情的な叙事の積み重ねによって登場人物の気持ちや状況を浮かび上がらせるスタイルである。タイミング良い場面転換もそれを助けており,方法論として成功していると思う。本書を読んで作者の暖かい筆致が気に入った方には,「フロリダマナティの優雅なくらし」(筑摩書房)をお薦めする。
余談だが,作者が南氷洋への調査捕鯨船に乗ってきたときに見てきたこと,感じたこと,考えたことを綴ったルポルタージュである「クジラを捕って,考えた」(パルコ出版)をお持ちの方は,そちらのあとがきを読むと,本書の紅一点純子さんのモデルが誰であるか察しがつくかもしれない。衛星電話の場面など,読んでいて笑ってしまった。現実をしばし忘れて夢心地に浸るのもなかなか良いものである。
☆誤植レポート。p.243の「電機分解」は,「電気分解」では?