最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
環境ホルモン・人類の未来は守られるか | 丸善ライブラリー |
著者 | 出版年 |
高杉暹,井口泰泉[編] | 1998 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
環境ホルモンを主題とした本はいろいろあるが,この本は,現在日本で環境ホルモン研究をしている人たちが何故その研究をはじめたのか? 何が彼らをこの問題に着目させたのか? という経緯を,研究者自身が詳しく書いている点で,類書の追随を許さない。同時に,第1章の生殖内分泌学の基礎について要領よいまとめも薦められるし,ホルモンの脳への影響を論じた第3章もよくまとまっている(外因性内分泌撹乱物質の影響としてはあまり記載がないが,データが少ないので当然である)。第5章も他の本ではあまり書かれていないことであり(学士会会報No.821の鈴木継美先生の記事[講演要旨]には書かれているが,学士会会報は一般読者には入手できないだろうから),一読をお薦めする。もっとも,第4章末尾の精子数減少の話は,例によって偏っている。実験系の人は往々にして疫学の論文を過大評価かつ自分に都合のよいように解釈する傾向があるようだ。
総じて言えば,ある程度医学・生物学の素養がある人が,環境内分泌撹乱物質についてきちんと知りたい場合には必読である。これだけデータを出してくれるならその出典(つまり引用文献リスト)をつけてくれたら完璧だったのだが,それは新書には高望みしすぎかもしれない。ただし,論点は上記のようなことだし,それほど記述の仕方は親切ではないので,一般読者が環境ホルモン問題の全般的解説を求めて買うのには向いていないように思う(その目的なら環境新聞社刊の「よくわかる環境ホルモン学」が最適)。その意味で,本書のターゲットとする読者層にとっては文献リストは有用だったに違いないから,WEBサイトでもいいから提供して欲しいところだ。
もう一つ言うと,これは医学系の動物実験に対していつも感じることなのだが,究極的にはヒトにおける生理的メカニズムを明らかにするために実験動物を使っているわけだから,マウスとラットで外因性化学物質曝露に対する反応が違うなら,マウスとラットにはどういう遺伝的差異があるから反応が違うのかを明らかにしてくれないと不満が残る。ラットよりもマウスの方が敏感と言われたところで,それだけではヒトの場合について推測することができない。もちろん生殖内分泌系に関与する遺伝子とその発現のプロセスは研究中であるが,動物実験をする研究者は,それを比較生物学的にやる必要もあるのではないか(少なくともそういう方向性を意識する必要がある),ということだ。
ぼくの評は以上だが,参考のため目次を書いておく。
序章:環境ホルモン研究の経緯(研究事始め──それは連続発情の研究から始まった/エストロゲンが引き起こす生殖器官の異常/合成エストロゲンから環境ホルモンへ,そして世界的社会問題へ)
第1章:ホルモンとは何か(ホルモンの働き/恒常性の維持/ホルモン/ホルモン受容体/環境ホルモン/規制と未規制の内分泌撹乱化学物質/性ホルモンの分泌調節/性の発達とホルモン/可逆性と不可逆性/野生動物への影響の代表例)
第2章:性ホルモンによって起こる異常(性ホルモン効果の可逆性/性周期の異常,連続発情/偽りの連続発情,膣上皮の不可逆的増殖/膣上皮の不可逆的増殖は膣癌への入口/子宮上皮の不可逆的増殖/子宮年齢を加速させる性ホルモン/DESと卵巣異常/性ホルモンによる雄ラットの性機能低下/エストロゲンはマウスの精巣を破壊する/アンドロゲンもマウスの精巣萎縮を導く/エストロゲンによる精巣萎縮は回復不能/性ホルモンによる生殖異常の臨界期)
第3章:脳の発達と性ホルモン(脳の構造と機能──脳を理解するために/「男の脳」と「女の脳」はどこが違う/女は口達者か/男は乱暴者か/男性ホルモン(アンドロゲン)が脳を「男の脳」にする/人間でも見つかった脳の形態的な性差/性ホルモンが握る脳の性差の秘密/性的志向を変える性ホルモン/アンドロゲンが作る攻撃的脳/男性の同性愛者のINAH-3は小さい/原因は胎児期のアンドロゲン不足か/同性愛男性の脳は女性化している/環境ホルモンは胎児期の脳にも影響を与えるか)
第4章:環境ホルモンの影響(女性ホルモン様作用/植物性エストロゲンの作用/工業用化学物質の作用(ノニルフェノールとオクチルフェノール/ビスフェノールA/フタル酸化合物)/農薬およびその代謝産物の作用(o,p'-DDT/メトキシクロル)/ヒトへの影響)
第5章:環境ホルモンへの対策(アメリカ環境保護庁の環境ホルモンへの対応/EDSTAC/一次試験のための化学物質の分類に基づいた優先性の設定戦略/試験の有効性の評価とコミュニケーション/ホワイトハウスの内分泌撹乱物質問題への対応/ヒトの健康への影響と野生動物への影響/生殖および発生への影響/神経系への影響/免疫系への影響/暴露の評価/研究の枠組み/現在進行中の研究/政府機関の役割/OECDの対応/日本の対応)
あとがき
執筆者一覧(高杉暹,井口泰泉,太田康彦,松本明,佐藤友美)