最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
ウイルス学者セレステ | 徳間文庫 |
著者 | 出版年 |
B.B.ジョーダン(仲村明子 訳) | 1998 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
悪徳科学者の陰謀とそれを防ごうとする正義の科学者の闘い,というフレームは使い古されているし,ウイルスを使うというのも目新しいものではない。医学的な知見の取り入れ方もロビン・クックの方がずっとスマートだが,セレステとマックのキャラクタが結構魅力的(もっと書き込んで欲しいけど)なので読ませる。また,セレステの日常は,米国の一流科学者の実際によく合っていると思う。
悪の科学者フィリプスンが間抜け過ぎなのが物足りないので,この人をもっと狡猾でスマートに書いて欲しかった。どうしようもなく不幸な経緯で道を踏み外す天才科学者を悪役にする方が,物語に深みがでると思う。また,彼の日常がちっとも書かれていないので,現実感が希薄になる。彼が社長であるところのベンチャービジネスは,こんな馬鹿社長でどうやって維持されているのだろうか? と思ってしまう。
訳は,会話文とか日常用語には不自然さはないので,ロビンクックものよりは読みやすいのだが,「博士課程」を「博士過程」と誤変換しているところが多数あったり,「ペトリ皿」なんていう小学校の理科くらいでしか使わない死語を使ってあったり(ふつう「シャーレ」と思う),いくつか引っかかりを感じた。
設定上の疑問点がいくつかある。(1)HPLCの結果は,溶媒やカラムによってまったく違う筈なのだが,なぜ,フクダ製薬で行われた分析結果とフィリプスンの結果がcomparableなのだろうか。毒物検出用のカラムが1種類しかないとはとても思えない。(2)イネ科植物がアレルゲンとなる場合,その花粉がなるのではないのだろうか? 葉っぱをくっつけてアナフィラキシーショックが起こるのか?(3)ポリアクリルアミドゲルを使った電気泳動なんてのはきわめて普通のテクニックだと思うが,それが日本の製薬会社でできないというのはいくらなんでも不自然ではなかろうか?
医学系ミステリとしては,これくらいはきちんと書いて欲しいところである。タイトルは原題の方が絶対にいい。P.I.でいいじゃん。