最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
すべてがFになる THE PERFECT INSIDER | 講談社文庫 |
著者 | 出版年 |
森博嗣 | 1998(初出は1996) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
国立大学の建築学の助教授犀川創平と,その恩師の娘にして彼の大学の学生でもある西之園萌絵が探偵役となる10本の作品群の1作目。巻末の瀬名秀明氏の解説によれば,本来は4作目になる筈だったのが,1作目に相応しいということで繰り上げ出版されたとのこと。確かにインパクトは大きい。
コンピュータをこういう形で取り入れたミステリは,たぶん初めてだったと思うし,天才プログラマ真賀田四季博士と犀川助教授の人物造形には成功していると思う。VRシーンのイメージ描写も当時は新鮮だったと思われる。「マイクロチップの魔術師」ほどではないにせよ。萌絵は,きっと人ではなくてただの役回りとして用意しただけなのだろうからどうでもよいのだが,あまりに役回り然としすぎているのが残念だが,全体としては一般読者には楽しめるミステリと思う。殺人事件とその解決だけではなく,名探偵犀川創平の言葉が,独白も含めて含蓄に富んでいてよい(まあ,ときどきつっこみをいれたくなるけれど──例:「地球が何億年もかかって固着した二酸化炭素を,人類は解き放とうとしている」しかしコンクリート建築物だって二酸化炭素を吸収する! とか)。犀川の頭の中で謎が解けるシーンの「原始的な彼」なんて描写はゾクゾクしてくる。(以下,特殊な批判をするので敢えて改行:ネタバレあり。)
しかし,たぶん森博嗣さんは真のプログラマを知らないか,あるいは故意に知らないふりをしている。ハッカーの方は,この本は読まない方がいい。ストレスが溜まること請け合いである。真のプログラマならそんなまだるっこしい方法はとらない。そんな天才プログラマが何でc言語でシステムを書くのか? 何で32 bitマシンなのか? 何で時刻がunsigned intなのか──cなら普通structだろう? とか。ネットワークプログラミングを知らないとしか思えないポートの違いの無視とか。さらに,1行だけのif文ってのは抱腹絶倒もの。物語自体は面白いだけに,この辺のディテールを無矛盾にして構築して欲しかったと思う。難しいか?
もう一つ言うと,「コーヒーを飲みながら煙草が吸えないのは拷問」といったり,コーヒーメーカでいれたコーヒーに満足しているあたり,コーヒーの真のうまさを知らないらしいのも,ぼくにしてみれば不満である。北方謙三作品に出てくるハードボイルド探偵みたいな,シルバースキンをピンセットで取り除く喫茶店のコーヒーをありがたがるところまで行かなくてもいいが,名探偵ともあろうものがコーヒーメーカに満足してはいけないと思う。
E. Shioda <239.pool17.tokyo.att.ne.jp> website
前からこのタイトルにひかれ、ずっと読んでみたいと思っていた。大まかな筋
ではヒントを出しすぎのようにも思うが、脱出方法などは不注意にも気づかな
かった。これは本当にデビュー作なのかと思える出来映え。スタートレックTNG のエンタープライズのような研究所だと思いながら読んで
いたら登場人物たちがスタートレックの話をはじめ、犀川はオリジナルのこと
を考えていて「時代が違う」と西之園に言うところは非常に笑えた。スクリーンセーバのことをきちんと、時間が経つと焼き付け防止で模様が出て
くるもの、と説明したことから考えるに、丁寧な作家だと思う。