最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
自転車旅行主義:真夜中の精神医学 | ちくま文庫 |
著者 | 出版年 |
香山リカ | 1998(単行書は1994,青土社) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
久々にこういう本を読んだなあ。
ぼくが高校生の頃,浅田彰の「構造と力」が大流行して,近所に住んでいた弁護士志望の大学生が「これはすごいから読め」なんて薦めてくれたものだったけれど,たぶん,あれは高校生が読んで悩むには適当な本だったのだろうと思う。
本書は,漫画雑誌(ビッグコミックスピリッツだっけか?)でも連載をもっていたり,テレビゲームにはまっていたりして,ポップな精神科医として知られる著者が,分析哲学の言説を引用しながら,自分が出会った症例を解釈したり,あるいはもっと広く世界観の披露に及んだり,といった内容である。哲学そのものに立ち入るのではなく,その言明の引用と自己流の解釈にとどまっているという意味で「構造と力」を彷彿とさせるのだけれど,著者自身がそのことを十分に意識して確信犯的にやっているので,それほど嫌みがない。巻末に参考文献集が提供されているので,本書から分析哲学に立ち入りたくなってしまった人がいても,道は示されている。もしかすると,なかなか良い本なのかもしれない。
ぼくは,自然科学の方法に慣れ親しんでしまった副作用と思うが,他人の言説への解釈なんてメタな著述への関心を既に失ってしまったので,むしろその部分を全部すっ飛ばして著者が体験したこと,感じたことを素直に書いてくれた部分だけ残してくれた方が読みやすいと思ったのだが,考えてみると本書で著者が書きたかった主張を捨てろということだから,それは無理強いというものかもしれない。まあ,素直に自転車旅行につきあって(という表現に代表される隠喩と現実の描写が微妙にまじりあっているというのが本書の叙述スタイルで,それは慣れてしまうと意外に気持ちがよいのだが),著者の伴走者となってみたところで,それほど得るところはないが(当たり前の主張が多いから),さりとて損をするわけでもなく,面白く感じるところを抽出しながら読めばいいのであろう。
さて,ではなぜこの本を買って読んだのか,というと,ポイントは2つあって,1つは自転車である。このところ,ぼくは毎日1時間半くらい自転車に乗っているので,自転車から景色を眺めるということについて思い巡らすことが多いのだ。もう1つは音楽である。9章でアストル・ピアソラに触れられていること,あとがきはポール・ウェラーでEver Changing Moods,YMOの散開とくれば,これは読まずにはおれないのである。解説は町田康さんなのだが,解説には本文を読む前に読んだ方がいいものと本文を読んでから「うんうん,そうだよね」といいながら読んだ方がいいものがあるが,本書の町田さんの解説は圧倒的に後者である。
どうも,本書の影響で文体が変わっているような気がするが,気にしないことにしよう。