最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
コロンブスが持ち帰った病気:海を越えるウイルス,細菌,寄生虫 | 翔泳社 |
著者 | 出版年 |
ロバート・S・デソウィッツ,[訳]古草秀子,[監修]藤田紘一郎 | 1999 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
邦題は第3章からとられたもので,たしかにコロンブスの航海がヨーロッパに梅毒をもたらしたという話は象徴的である。原題を直訳すれば「誰が梅毒をサンタ・マリア号にもってきたのか?:熱帯病の温帯への広がり」となるが,いくつもの熱帯病が温帯地域にも広まってきた様子を,それが本質的には地球上あまねく人類が拡散したことによっていることを踏まえながら,それらとの闘いの歴史(熱帯医学の歴史)とともに,面白くまとめあげた本である。英雄的な科学者の努力だけではなく,人種差別や政治的側面,ときには現代の倫理観からしたら許されないようなひどいこともしてきた側面にも触れることによって,記述に深みがでている。
梅毒に加え,デソウィッツ博士の十八番であるマラリアはもちろん,黄熱とシャガス病にもかなりのページが割かれている。数カ所おかしな点はあるが,訳文も比較的読みやすいし,地球温暖化や,熱帯林の開発による野生生物とヒトとの新たな接触にともなって,今後温帯のいわゆる先進国でも新興感染症が問題になってくると予測されることを考えると,広く読まれてしかるべき本と思う。
目次をあげておこう。
はじめに
プロローグ 熱帯病:心臓発作と同じくありふれた病気
1章 新大陸への移動:人類
2章 新大陸への移動:寄生虫と病原菌
3章 コロンブスが持ち帰った病気
4章 アメリカ先住民を絶滅の危機に追い込んだ真犯人は?
5章 欲望という名の奴隷船に乗って:黄熱の襲来
6章 微生物の狩人たち:酸っぱいワインから狂犬病ワクチンへ
7章 イエロージャックとキューバ危機
8章 ロックフェラーの鈎虫撲滅大作戦
9章 ロックフェラーと黄熱との闘い
10章 二〇世紀のマラリア
11章 マラリアだらけの古きよきイングランド
12章 新しい感染症の出現
13章 二一世紀に向けて
監修者あとがき 藤田紘一郎
原注サナダムシを自らの体内に飼っていることで知られる寄生虫学者,藤田紘一郎氏による,監修者あとがきは,感染症への危機感を煽りすぎで,監修という立場からのあとがきにはなっていないような気がするが,帯の惹句と同じような意味合いで,推薦文を書いたつもりなのだろうと思っておく(推薦文としては,ぼくも同感である)。
以下,書評の範囲を逸脱するが,気になった点へのコメント。
p.15 「戦いで倒した敵の脳を食べる儀式を持つ,パプアニューギニアのフォア族にだけ見られるのは事実だ」には,問題が3点ある。第一に,Foreはローマ字風にフォレと読むべきだし,現代の人類学では○×族という表記は差別的だからすべきでなく,○×人というか,たんに○×表記すべきであるという見解が主流である。第二にフォレには既に食人の風習は残っていないし,クールーも既に発生していないから,過去形で書かれねばならない。第三に,この話は宿主の特異的行動が原因となって地理的に限局された病気の事例としてあげられているが,クールーの原因には当初ガジュセックが指摘したプリオン説だけではなく,アボリジニのアングルグ症候群やグアム島や紀伊半島の一部で高い発生率を示した筋萎縮性側索硬化症(ALS)との関連を指摘し,マンガンとアルミニウムが多くカルシウム不足の火山性土壌で,根菜類をよく食べることなどの共通点から,食生活なども絡んだ複合因子説も提唱されているので,事例としてあまり適切でないように思われる。
p.34 「アテネの疫病」の話は興味深い。もう少し細かいことを記した文献を読んでみたい。古人骨を使った古病理学的なアプローチはされてないものか?
p.63 熱帯熱マラリア原虫が他のマラリア原虫と違って霊長類起源でなく鳥起源という話がさらっと触れられているが,「DNAの相同性から」ではわかりにくいと思う。鳥あるいは齧歯類が起源らしいことだけならGC%の違いによって以前から示唆されていたし,最近わかった話というならMalaria's Eve研究にも触れて欲しいところだ。
p.64 「連絡しあったわけでもないのに」という可能性はたしかに高いが,文化伝播の可能性がないではない。このあたりの記述のこだわりのなさは,訳文ゆえか? 原文もそうなのか?
p.84 熱帯熱マラリア原虫はアフリカからの奴隷がアメリカ大陸にもちこんだ可能性が高いという新しい知見があったなら文献が欲しいところ。新世界ザルのマラリアも四日熱や三日熱をヒトがもちこんでサルに感染したものだという説は以前からあったが。もっとも,この章は「最初のアメリカ人」についての仮説紹介が盛りだくさんであり,かなりチャレンジングに書かれているために,論理的にはふらふらして,やや読みにくい。
p.187-188 都市化,環境開発にともなう新興感染症の流行,という類型の事例説明として,わかりやすい。講義に使えそうだ。
p.194 「あなたが農夫で,…(中略)…みてください」は,このコンテクストでは日本語として変。「…みてほしい」であろう。
p.245 「大学や政府の研究者たちは化学療法の研究に格別関心をよせていない」って本当? マラリア研究の中では,ワクチン研究よりも主流では? もちろん分子生物的アプローチで,だが。
p.246-247に書かれている著者の主張にはまったく共感する。
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
Book.asahi.comの2000年1月16日号に,長谷川真理子さんの書評(http://book.asahi.com/000116/rev1.html)が載っていた。ぼくのより遙かに一般の人向けの書評になっていると思う。
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
ちなみに,マラリアに関しては,晶文社から「マラリアvs人間」というタイトルで1996年に邦訳がでている,The Malaria Capers: More Tales of Parasites and People, Research and Realityもデソウィッツ博士の著作だが,なかなかおもしろい。