最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
からだに良い水悪い水 | 小学館文庫 |
著者 | 出版年 |
藤田紘一郎 | 2000年(『癒す水・蝕む水』NHK出版1996の増補改訂&文庫落ち) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
科学書らしい体裁をとった水の本,しかも文庫,著者は寄生虫学者として名を馳せている藤田紘一郎氏とくれば,とりあえず買ってみるわけである。が,この本は「トンデモ」に近い部分が多々あって悩ましい。第2章だけ読むことをお薦めする。
「はじめに」で述べられているように,ヒトが生きる環境の中で,水というのはきわめて重要であり,世界中60カ国で,飲み水事情がどうなっているのかを通観してみよう,そうすればヒトが生きる上で水とどうつきあっていけばいいかが見えてくる筈だ,という本書の意図はよい。解説でもその点が強調されているし,バンコクの水道水からは7割以上の確率で大腸菌群が検出されたとかいう話は面白い。この話を中心とした第2部は他の本では得られない貴重なデータが満載されていると思う。とくにp.98の表は,サンプル数が少ないものの,解説で指摘されているとおり,同一手法で多国間の飲料水の質の比較をしている稀有なデータである。フィリピンについて書かれた,日本のODAで作られた井戸が運転資金不足で使われていないことと,拝島中学の援助が有効に働いたことの指摘も重要である。日本の公共事業の無駄と同じく,ODAにもマーケティングが不足していることを如実にあらわす事例である。なぜマーケティングが不足しているか,といえば,援助を受ける側のことを考えずに,国際社会への責任としてODAをやるからであり,顔を向ける方向を間違っているからと思う。残念ながら藤田氏はこの話を現象面の記述にとどめており,なぜODAに無駄が多いのかという点までは踏み込んでいない。そのあたり残念であるが,第2章は全体に読み応えがある。もちろん,パプアニューギニアの記述など読むと,さらっとその国の表層をなでているだけの国がいくつもあるのだろうということがわかってしまうのだが,少なくともその国の一面の真実を表しているに違いない。最後の方の記述にセクハラオヤジ的な面もあるが,第2章だけなら概ね良書といえる。
翻って,第1章は,よく知られていることや信頼の置ける論文に基づいた面白そうな結果も含んでいるのだが,そこにトンデモが織り交ぜられているので,鵜呑みにしてはいけない。疫学データを個人に適用できるかのような誤りを度々おかしているので,その点にも注意が必要である。
一例をあげると,クラスターが小さい水がおいしいとか健康に良いとかいうのは,まさに「トンデモ」であるといえよう(とくに後者)。「水のクラスター - 伝播する誤解」と題したお茶大あもうさんのサイト(http://atom11.phys.ocha.ac.jp/water/water_cluster.html)に詳しいが,噂の伝播経路の研究材料として使えそうな話である。物理化学系に弱いらしく,かつ信念の人であるように思われる著者藤田氏の弱点が露呈していると思う。クラスターの話は,スケールは小さいが,PNEモノグラフ「水の書」の終章にあげられている「異説」ポリウォーター騒動を髣髴とさせる。当時と違うのは,非科学ジャーナリズムにパラ科学が取り込まれかけていることであろう。この状況を考えると,藤田氏のような影響力ある学者が,こんなことを書いていてはまずいと思う。
「からだをアルカリの状態にすれば長生きする」「美容と健康の水アルカリイオン水」って,あなたはアルカリイオン整水器メーカの回し者かい? と懸念されるところもあれば(飲料が酸性だったりアルカリ性だったりすることと,血液のアシドーシスには直接の関係はないのだ。酸性食品とかアルカリ性食品とかってさ,恥ずかしいぞ),「仙人秘水・磁鉄鉱に湧く神秘の水」といったよくわからないものを宣伝したりしているので,もし読むなら,眉にたっぷり唾をつけて読むべきである。なお,変なところが多い第1部の中では,第2章「水と病気」は比較的まともであるし,面白いネタが拾われている。
最後にひとつ書いておくと,藤田氏はいたるところで目覚めの1杯の水がからだに良いと主張しているが,そこまで主張するなら,蛇口をひねってすぐの水では鉛やトリハロメタンの濃度が高くなっているから,しばらくは手を洗ったり掃除や植木の水遣りに使うなど別の用途にしてから,1杯の水を飲用にすべきである,と注記しなくては無責任である。