最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
美濃牛 | 講談社ノベルス |
著者 | 出版年 |
殊能将之 | 2000年 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
まずこの妙なタイトルに引きつけられて手にとってみたら,「ハサミ男」殊能将之の第2作だった。
美濃牛とは,飛騨牛として売るために育てられながら,肉の品質検査に受からなくて飛騨牛と認定されなかったものをいう,と本書にある。さらに,牡牛座がtaurusであることを考えると,美濃牛はミノタウロスを暗示することが明白である。ミノタウロスの神話を思い出しながら,いろいろ考えて読んでしまったのは,作者の思う壺だったのだろう。この壺がまたぴたりと物語にはまっていて,見事であった。
連続殺人があったことをほのめかすプロローグに続いて幕を開ける物語は,フリーライターに持ち込まれたガンを治す奇跡の泉のルポ話から始まる。嘘臭かったので断ろうとしたが,圧力がかかってやらざるを得なくなって不審に思うルポライターは,その変な話を持ち込んだディダクティブ・ディレクターと自称する石動という男とともに,奇跡の泉があるという岐阜の山奥にやってくる。村人に話を聞くうちに,石動がもちこんだ話が大きなリゾート開発計画であることがわかってくる。そこで頭を切り落とされた死体が発見され,話は一気に猟奇犯罪小説的な色合いを帯びてくる,村人とヨソモノの軋轢もあって,この辺り,島田荘司「龍臥亭事件」(http://minato.sip21c.org/bookreview/oldreviews/19991204160338.html)を彷彿とさせる。
連続殺人になってからの展開は島田とはまったく異なり,飄々と謎を解いてゆく石動の雰囲気といい,なぜか石動の存在を許して頼りにしさえする地元警察の描写といい,横溝的だと思う。石動をはじめとする個性的な登場人物たちによる蘊蓄合戦も浮世離れした作風にぴったりである。
動機やトリックなど,細かく考えると不自然な点はいくつかあるのだが,542ページという厚さの割にはさらっと読めてしまったのは,作者の筆力であろう。傑作とはいわないが,楽しく読める探偵小説には違いない。