最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
僕らの夏(おいしいコーヒーの入れ方II) | 集英社文庫 |
著者 | 出版年 |
村山由佳 | 2000年(単行書は1996年集英社) |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
人はなぜ恋愛小説を読むんだろう? だってさあ,予定調和っていうか,ストーリーとしては単純なんだよ。ステレオタイプなキャラクタが,マーフィの法則ばりに,こうなっちゃまずいぞ,という状況に填っていくのを楽しむなんて,まるで水戸黄門っていうか,NHKの朝のテレビ小説っていうか。
ああ,そうじゃない恋愛小説もあるのはわかってる。でも,この「おいしいコーヒーの入れ方」シリーズで村山由佳がやろうとしているのは,予定調和を極めることみたいだ。たぶん,登場人物や起こるイベント,伏線を記号にして並べたら,きれいな幾何学模様になりそうで,それはきっと,とってもつまらないことだろう。でも,不思議なことに,このお話を読んでいると微笑ましくて(きっともっと若いときに読んだらショーリやかれんに感情移入してどきどきするのだろうけれど),何度でも読み返したくなるんだ。文体のせいなのか,安心して模造記憶をなぞることが快感なのか。
おいしいコーヒーを淹れるはずのマスターがタバコを吸うのは,現実に想像するとダメダメなんだけど,恋愛小説のコードを極めたこの小説では,渋くってショーリの乗り越えるべき目標として呈示されるキャラクタとして,マスターはどうしてもタバコを吸わなくちゃいけないんだろう。ここで鈴木光司がやろうとしているみたいに,格好悪いやつにタバコを吸わせるなんて実験はできないんだ。予定調和じゃなくなっちゃうから。
これだけ縛りの多い状況で,面白いと感じる作品を書くことは至難の業と思うんだけど,村山由佳は軽々とそのハードルを乗り越えてしまった。このシリーズ,文庫になる度に読んじゃうんだろうなあ。シリーズ1作目「キスまでの距離」の書評(?)はhttp://minato.sip21c.org/bookreview/oldreviews/19990702212816.html。