最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
島田荘司読本 | 講談社文庫 |
著者 | 出版年 |
島田荘司(責任編集) | 2000年 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
巻末の注記によれば,本書は原書房から1997年に出た単行書に過筆修正(ママ)して,巻頭小説を入れ替えたものらしい。加筆でなくて「過筆」という文字遣いは,ふつうに考えればtypoなのだが,もし狙ってやったのだとすれば凄いかもしれない。
巻頭小説「天使の名前」は,御手洗の父,直俊が,戦時中外務省の官僚で対米開戦を回避する道を探っていたが軍部の暴走を抑えきれず,外務省を辞めて西へ旅をするという話である。西への旅は世を捨てて欣求浄土という雰囲気を醸し出している。原爆が広島に落ちる直前止まってしまった汽車から降りた御手洗は,前方にキノコ雲を見るのだ。緑濃い草原からみえるキノコ雲の異質さ,爆心地に近づくにつれて現れる風景や人々の非日常的痛々しさが胸を打つ。井伏鱒二「黒い雨」が伝える悲劇性と原民喜「夏の花」が訴える民の無辜性が,自然の癒しとの対比でくっきりと浮かび上がる描写力はすばらしい。ミステリではないが,傑作である。
後は,井上夢人による「島田さんとビートルズ」,岸洋一,千街晶之,福井健太による全著作ガイドフィクション編,いしいひさいちの漫画「島田荘殺人事件」,編集部(?)による主要登場人物リスト,島田荘司自身が書いていると思われるレオナ松崎からの3通の手紙,歌野晶午による「喋り言葉も「本格」で」,前出3氏による全著作ガイドノンフィクション編と続く。全著作ガイドでは,なぜだか「飛鳥のガラスの靴」にさえ高い評価が与えられていたりして,贔屓の引き倒し的なところもなくはないが,まあ概ね納得できる。未読のものでは,「ひらけ! 勝鬨橋」という角川文庫から出ているユーモアミステリ的作品に強い魅力を感じた。
最後に評論が2つあって,島田荘司の言いたいことが開陳されている。たぶん,本書はここを言いたくて出版したのだろう。陪審制擁護論だけは,最近の米国における民事訴訟に見られる弊害を考えれば軽々には頷けないが,その他は共感した。